駆け引きも浮かばない



風邪の一件から、以前より新堂さんとの距離が縮まった気がする。
…変な意味ではなく。
先輩だから、スポーツに秀でているわけでないからと萎縮していた時もあったけど、それに比べると自分の考えを言えるようになったと思う。
新堂さんもそんな私の意見が嬉しいようで、新堂さんなりの見解を示してくれたり、受け入れてくれたりする。
それが私にとっても喜ばしい。
そうして以前に増して、私と新堂さんの会話は増えていった。



「そろそろコースを変えてみますか?」
「そうだな…」

練習をいつもより早く切り上げ、いつもの公園でミーティングのようなものを始めた。
公園のベンチで二人腰かけて話しているから、ミーティングとは言い難いかもしれないけれど…。
部室を持たない私たちにとって、ここがその代わりになっていた。
新堂さんは首にかけたタオルで額を拭うと、空を見つめた。

「確かに、たまには違うところを走るのもいいな」
「同じコースを何週もするのと、長いコースで一周するの、どちらがいいでしょう?」
「まずは走って問題ない道を探さないとな」
「あ…そうですね」

学校の敷地外を練習場所として使っているから、他の人の迷惑になってはいけない。
公園や川沿いなんかはランニング用の道が整備されているから、そういった場所でないと、ルート開拓は難しい。

「…よし、ちょっと歩くか」
「えっ?」
「この後時間、あるか?」
「あ…私は、大丈夫です」

じゃあ行こうぜ、と急に立ち上がる新堂さんの背中を、私は慌てて追いかけた。



「さすがに商店街はダメだな」
「そうですね」

両手に鞄を持ちながら、新堂さんは隣を歩いている。
練習直後だから私が持つと言ったのに、新堂さんは渡してくれないどころか私の鞄まで取り上げてしまった。
この辺りの道には明るくないから、新堂さんに付いていく形になる。
商店街もほとんど来たことはなく、両側に並ぶ見慣れない店を両目が忙しく追いかける。
学生の集団があちらこちらにたむろしていてぶつかりそうになるのを、その都度なんとかかわした。

「あっ」
「………」
「……あ、の」

急にこちらに飛び出してきた学生を避けきれずぶつかりそうになるのを、新堂さんが私の腕を引き助けてくれた。
咄嗟のことでお互い言葉が出ず、沈黙が広がる。

「…気を付けろよ」
「すみません…ありがとうございます」

やっと一言吐き出すと、私は少し鼓動が早まるのを感じた。
一歩前を進む新堂さんの表情は見えない。
あまり凝視するのも失礼と思い、横の商店に目を向ける。

(…あ、お団子屋さんだ)

思ったことを言いやすくなったと感じていたけれど、どうやらまだそうはいかないらしい。
喉まで出かかった一言が、ゆっくりと沈んでいく。
私の視線を暫く釘付けにしたその暖簾は、少しずつ見えなくなっていった。

商店街を抜けても、沈黙は続いた。
やっと鼓動が落ち着いてきたところだったけれど、何となく気恥ずかしい。
新堂さんはずっと前を向いている。
どうしよう、何か話さなければと思うのに、こんな時に限って頭が真っ白になっている。
そんな時、新堂さんの足が止まった。
ぶつかりそうになり、私もぴたりと歩みを止める。

「…新堂さん?」
「この先に…川がある」
「……はい」

何だかぎこちないような、やっと言葉を出したような口ぶりで、新堂さんは先を示す。
言われるがままに返事をしながら目をやると、建物の隙間から川の一部が見えた。

「川沿いには…サイクリングロードも、あるんだけどな」
「……走れないんですか?」
「…いや、ランニングコースもある」
「……?」
「ここ、どこだか、わかるか?」
「……わからないです」
「学校から大体30分くらいの場所だ」
「えっ…そんなに?」

いまいち現在地がわかっていない私には衝撃だった。
そんなに新堂さんと歩いてきていたなんて…。
さすがに放課後にここで練習するのは難しそうだ。

「じゃあここは、学校のない日の候補地にしておきますか?」
「ああ。…そうだな」

せっかくだからと、近くまで足を運ぶ。
見るとコースはしっかりと整備されていて、とても練習しやすそうだった。
じゃあ帰るか、と提案する新堂さんの顔は、頬が強張っていた。

「…あの、新堂さん」
「…何だ?」

家路に着く、その道中。
何となく落ち着かない雰囲気だけれど、それでもちゃんとお礼を言いたくて、私は新堂さんに声をかけた。

「えっと…商店街で、助けてくれて、ありがとうございました」
「……っ」

一瞬ぴくりと肩が跳ねたように見えた。
何か不都合なことを言ってしまっただろうか…。
不安になる私に振り返る新堂さんの顔が、少し赤らんでいるような、しかしそれは夕日のせいか、わからない。

「…倉田に怪我されたら、困るからよ。気を付けろよ」

それだけ言うと、ぷいっとまた前を向いてしまった。

結局この日は帰宅するまで、お互いまともに話が出来なかった。



EHL.