空も飛べるほど
- 趣味:オカルトというのは、「異端なもの」として受け止められがちだ。別にいじめられていたわけではないし、友人だっていた。でも、趣味の話をしてもほとんどの人はつまらなそうにするだけだから、学校でオカルトの話をするのはやめた。今はインターネットだって発達しているし、オカルト仲間ならそこでいくらでも見つけられる。
そんな私に、初めて生身のオカルト仲間ができた。
きっかけは本当に些細なことで、超常現象を専門とする雑誌のロゴキーホルダーを鞄につけていたら、相手に話しかけられた、というごくありふれたもの。
正直なところ、クラスメイトではあったが、つっちーは影が薄く、話しかけられたときは「名前初めて知ったな」という程度の認識だった。でも、つっちーのオカルト知識は豊富で、地球外生命体の話からUMAの話、古代大陸やオーパーツの話、それから妖怪や心霊現象の話まで。つっちーの守備範囲は広く、私は文字を通してではない、人とオカルトの会話をすることの楽しさを知ったのだった。
打ち解けるのはとんとん拍子で、つっちーは存在感は薄いけど女の子との会話に物怖じしないから、私たちはすぐに仲良くなった。
つっちーと私はよく似ていて、オカルトだけではなく、嗜好もよく似ていた。つっちーは運動が嫌い。前に野球をやっていて、野球自体は今でも好きみたいだけど、人間関係で上手くいかなかったらしい。私も私で運動は苦手だし、体育会系の厳しい上下関係も苦手なので、つっちーとふたりで放課後におしゃべりをしては、「部活なんて入るもんじゃないね」と言っていた。
そんなある日、私はつっちーから告白を受ける。
それはもちろん、愛の告白ではない。
「実は、野球部に入ることになったんだ」
俯きがちなつっちーに対して、まず最初に確認したのは「やりたいの? 野球」ということだった。もしも誰かに強制されているのなら、友達として力になりたいと思った。
「……ぼ、僕なんかができるわけないって思ってる……」
つっちーがか細い声でそう言うから、まずは先生に相談すべきだろうかと頭の中で算段を立てた。しかし直後、「でも……!」と力強い声が私の耳を打つ。
「『大丈夫』って、言ってもらえたんだ……! 逃げた僕でも……!」
つっちーの目がオカルトの話をしている時みたいにきらきら輝く。つっちー、好きだったもんね、野球。一度辞めた後でもゲームや二次元でやっちゃうくらい。
「そっか。頑張れ」
陳腐な言葉になってしまったけど、精一杯の応援を込めてそう伝えた。そうしたら、つっちーはぽかんと惚けた。
「お……応援してくれるの?」
「するよ!? え、私のことそんなに嫌なやつだと思ってたの!?」
「だ、だって、運動とか、部活……とか、嫌いだよね?」
「うん。私はしたいとは思わないかな」
「だから、その……」
あー、なるほど。「抜け駆けしやがって!」とか「あんなに無理って言ってたクセに」、「もう絶交だ!」的なやつ? アニメにありがちなやつ? を想像してたのか、つっちーは。
「私とつっちーは違う人間なんだから、分かり合えることだけじゃなくて分からないことがあるのも当たり前でしょ」
腰に手を当てて胸を張って。頼りないなんて思わせないように。つっちーが安心して部活に専念できるように。
「でも、友達だから、私には分からないことでも応援したいよ。興味がないことでも、つっちーの好きなものの話これからも聞きたいよ」
真剣にそう伝えると、つっちーは目をきらきらと輝かせて笑った。私の大好きな顔だ。
「うん……! 聞いてほしい話が、いっぱいあるんだ。僕、空を飛んだんだよ……」
楽しそうなつっちーを見て、私も笑う。ありふれた日常。きっと、私がおばあちゃんになったら、この会話の内容までは覚えてないと思う。でも、私はこの瞬間のことだけはずっと忘れないのだろうと思った。
▽
土屋さんが、友人を連れてきた。「土屋さん、友達いたんだ……」という驚きに勝ったのは土屋さんが連れてきた友人が女の人だということだった。土屋さんが言うには、彼女もオカルトが好きで、要くんの記憶喪失という現象に興味があるらしい。
「原因は頭部への外傷なんだよね? じゃあセオリー的には頭に衝撃を与えるとか……」
「それはもうやったよ」
「んー、記憶って心身と相関があるからな……心理的な要因もあるかもだし……」
「それも試したよ。すごいのが、催眠術を試したら本当に記憶が戻ったんだ!」
何やら盛り上がっている二人に囲まれた要くんは居心地悪そうというか、土屋さんの方しか見れてないな。
「すごい! こんな身近に記憶喪失の人がいるなんて……」
女性が野球場にいることが珍しくて、かくいう僕も少し緊張している。
「脳って面白いのよね……脳の構造と宇宙の構造が類似しているという話もあって、私たちの住んでいるこの宇宙は誰かの脳の中にあるのかも……と考えるとゾクゾクしてくるし、逆に言えば私たちの脳の中にも宇宙があると考えると要くんの記憶喪失は案外脳内からの影響もあったりして……」
やっぱりオタクだった。
急に早口で喋りだした友人を、土屋さんがキラキラと顔を輝かせて見ている。心底楽しそうで、正直蚊帳の外感がすごい。この二人の関係がずっと気になっていたのだが、僕は訊くのをやめた。男女を見るとすぐに恋人かと勘ぐるのも無粋だったな。きっと二人は本当にお互いを信頼し合っている友人なんだ。表情を見るだけでそれが分かる。
その証拠に、普段すぐに騒ぎそうな藤堂くんや千早くん、更には要くんまで微笑んで二人を見ている。
「ごめんね。部活中にお邪魔して。すごく興味深かった」
「もう帰る?」
「少しだけつっちーが野球してるとこ見てっていい?」
「いい……かな?」
僕たちが頷くと、土屋さんは嬉しそうに日陰に彼女を誘導する。そんな二人の背中を見ていると、要くんががくりと膝をついた。
「つっちー先輩に抜け駆けされたッ……!!」
「やっぱあれ彼女だよな」
「まあ土屋さん、女子には物怖じしないですし居たっておかしくはないですけどね」
ゲスだな。
僕のモノローグはなんだったんだ。あの二人はそういうのじゃないだろ。まあ僕だって言いきれるわけではないけど……
今日も小手指高校野球部は平和だ。僕は高く青い空を見上げた。
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