ひとりよがりにさよならを
- 「葵くん? 入るね〜」
タイミングが悪い時というのは人生において往々にしてある。たとえば、いつもはノックをして返事を待ってから入室する幼なじみがいきなり襖を開けた時に限って自慰行為をしていたりする。
ぽかんと惚けたなまえが数秒間俺を見つめた。細い喉が動いてなまえがごくりと唾を飲み込んだのを確認して、俺は飛び上がってなまえの腕を引くと、襖を閉めた。
あと数秒遅かったらなまえはきっと悲鳴を上げていただろう。そうしたらきっと姉や妹が何事かと様子を見に来るはずで、これ以上痴態を晒すわけにはいかないと思った俺はこのような実力行使に出たのだったが。ハッとなまえの口を塞いだ手を見る。その手で先程まで自身を慰めていたのだ。さーっと頭から血の気が引く音がした。それとは対照的になまえは俺の顔をじっと見つめると、じわじわと顔を赤らめていった。ギュッとその目が閉じられたのを見て、俺は慌てて手を離した。
「ッわりィ……!! すぐタオル持ってくっから待ってろ!! あ!? 直接洗ったほうがいいか!?」
混乱して不必要に声を荒らげてしまう。なまえは震えたまま何も答えないので、慌てて洗面所で手を洗い、タオルを濡らしてからすぐに部屋へと引き返した。
「悪りィ……ほんと……。……これ、使えよ……」
タオルを差し出してもなまえは硬直したまま動かないので、仕方なく断ってから俺がごしごしと顔を拭いてやる。
「落ち着いたら顔洗えよ。な?」
宥めるように優しく聞こえるような声を意識してそう言うと、なまえがやっとへなへなとその場に座り込んだ。
「……ほんとすんませんでした」
なまえの前に座って頭を下げると、なまえが慌てて「私こそごめん、急に入って……」と言った。
「いや……」
気まずい沈黙が続く。あー死にてーと出してもねェのに賢者タイムが襲いかかってくる。誰にも言えない黒歴史がまたできてしまった。早く帰ってくれねェかなと考えていると、「あの……」と声をかけられた。
「なんだよ」
「お、怒らないで聞いてくれる……?」
「ンだその小学生みてェな言質」
「葵くんがしてるとこ、見たい……」
「はぁ゛!?」
「ひぃ……やっぱり怒った……」
「何言ってンだテメーは!!」
「ひぃ」じゃねェよ。何を考えてんだコイツは。性知識が欲しいなら清峰に借りたAV貸してやっからこれでも見てろ。つーか元々は清峰がこんなもん渡してくるからオナニーするはめになったんであって、元凶はアイツじゃねェか。と、自分のことを棚に上げて清峰を逆恨みする。
「私も見せる、って言ったら……?」
「は……?」
言っている意味が理解できず、なまえの顔をぽかんと見返す。「私も見せる」? 何を? 本当はとっくに理解できているはずなのに、信じられなくて察しの悪いふりをした。
なまえの震える手がブレザーのボタンにかけられる。今度は俺がごくりと生唾を飲み込む番だった。
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