シェヘラザードの本懐
- 当たり前のことだが、俺はなまえの親に嫌われている。俺だって妹がこんなヤンキーみてェなやつ連れてきたら絶対別れさせる。だからまあ、それはしょうがねェとは思ってる。でも、帰りが遅くなってなまえを家まで送った時になまえの親と鉢合わせると、ゴキブリを見るかのような目で見られて、なまえは腕を引っ掴まれて慌てて家の中に連れ込まれていく。まあキツイけど、だからといって送らないという選択肢があるわけがない。
だからチクチクと刺されるような気持ちを抱えながらも日々なまえを送っていたのだが、その日は違うことが起きた。なまえを家の前まで送り届けると、玄関のドアが開いて父親が出てきた。よりによって父親かよ……と思いながら「こんばんは」と頭を下げる。今日も無視してなまえを家の中に引っ張っていくんだろうと思っていたのだが。
「藤堂……葵くんだね」
「……ッ、はいッ!!」
なんで知ってんだよ、こえーな……と冷や汗が伝う。まあなまえが教えたんだろうが、いよいよ「うちの娘と付き合うな」とか言われんのかと思っていた。
「良かったら、夕飯を食べていきなさい」
「……は?」
だから、まったく予想外の言葉をかけられて、俺はアホ面を下げて惚けた。
断りきれずになまえの家で夕飯を摂ることになったはいいものの、話が一つも弾まねェ。最初はなまえが頑張っていたが、今は気まずい沈黙がその場に落ちている。
「……親御さんへはご連絡したの?」
沈黙に耐えかねたのか、なまえの母親がそう聞いてくる。
「あー……うち、母親がいなくて、父親は仕事なんす」
「あら、じゃあご飯は?」
「大体俺が作ってます」
「そうなの」
母親が「へえ」という顔をする。なまえが嬉しそうに「葵くん、すごいんだよ。お料理上手で!!」と言っている。なんでお前が嬉しそうなんだよ。クソ、可愛いな。
「なら、良かった……のかしらね? うちで食べて」
「あー、家帰ってからもう一回食い……食べます」
「まあ。無理してない?」
「全然余裕です。大体帰り道に買い食いしてるんで……」
「やっぱり男の子ってよく食べるのね」
うちは女の子だけだから……と感心したように言うなまえの母親は、「おかわり、いる?」と少しだけ口調が和らいだような気がした。
「はい。じゃあ、いただきます」
「なまえ、手伝って」
「えっ……」
「いいから」
俺を置いていくな! となまえに縋りつきたかったが、グッとこらえる。その場にはなまえの父親と俺だけが取り残された。
「あの……どうして俺を?」
グッと拳を握りしめ、思い切ってそう訊ねる。父親は、口の中のものを飲み込んでから話し始めた。
「あの子がね……言うんだよ。確かに葵くんは一度野球から逃げて、暴力に走ったって。でも、自分から誰かに手を上げたことはないし、大抵絡まれるか、絡まれてる子を助けて喧嘩してたんだって」
あの子、つまりなまえのことだろう。突然何の話だと訝っていたが、「今また野球をやっているそうだね」と訊かれた。
「……はい」
「それができるのかと言われたよ。一度は辞めるという決意をしたほど絶望を味わったことに、もう一度向き合えるのかって。それはそんなに簡単なことなのかって。葵くんは強くて誠実な人だって……」
まさかなまえがそんなことを言っているとは思わず、俺は息をするのも忘れて聞いていた。
「……だから、きみと話がしてみたくてね」
「ッ……」
「今まで俺は、きみを見た目だけで判断していた。しかしそれは悪いことばかりではないということも分かってくれ。親として娘の危険は少しでもなくしたいんだ」
「……はい」
「だから、今後はきみのことを教えてくれ。なまえが選んだ子だ。きみも、悪い子ではないんだろう」
「はいっ……」
目頭が熱くなる。少しだけ口角を上げたなまえの父親と見つめあっていると、なまえと母親が戻ってきた。
「葵くんとお父さん、話してる!」
嬉しそうに俺に駆け寄ってきたなまえは、俺の手を取った。
「良かったあ……! これからもっと、葵くんのこと知ってもらおうね!」
「ああ」
笑って頷くと、どこからともなく、ギシギシという音が聞こえてきた。なんだこの音、と見回すと、なまえの父親が悪魔のような表情で歯を食いしばっていた。
「それはそうと許せん……! 俺の娘から離れろ……!」
「すっ、スミマセン!!」
慌てて手を離そうとするが、なまえはムッとして更に俺の腕に抱きついた。
「もう、お父さん、大人気ない!」
「はァァーーーッ、俺の娘と腕を……ゆるさん……」
「おい、事を荒らげんなよ!」
「俺の娘になんて口を……ゆるさん……」
「あッ、スミマセン!!」
それからなまえの父親が「ゆるさん」しか発さなくなってしまったので、その日はすぐにお開きになった。
家の前で手を振るなまえと別れて歩き出す。見上げると、珍しく星空が綺麗に見えた。俺はいてもたってもいられなくなり走り出した。
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