リトル・シャルマン
- 「なまえチャンや〜〜ん」
なまえはその声を聞くやいなやひっと肩を飛び上がらせた。
「き……桐島……」
「俺先輩やで」
「なん……なんでここに……」
一年生の教室が並ぶフロアに上級生がいることで、周囲は好奇の目で桐島を見ていた。特に、野球部のエース投手である桐島はこの学校では有名人なのだ。
「不出来な後輩の巻田クンが朝練の時に忘れ物してたから優しい先輩が届けに来てやったんやん。見直した?」
どうせそのついでに散々人前でイジって嫌がらせをしたのだろう、という皮肉をグッと飲み込むと、「桐島先輩やさしい〜」と大根役者もかくやというほどの棒読みで言うと、「それじゃ……」とそそくさと逃げようとした。
「ちょい待ち」
しかし桐島がそう簡単に逃がしてくれるわけもなく、桐島はニコニコと人当たり良さそうに笑って、それでも絶対に逃がさないという力で肩を掴んでくる。みしみしとなまえの肩が悲鳴を上げた。
「イッタ!! このゴリラ──」
ハッと気づいた時には桐島はすうっと目を細めていた。
「ゴリラは動物園におるもんやろ。なんでかウチの学校には一匹おるけど」
「く、口が滑って……」
「口が滑ったって本心で思っとる時に使うやつやろ。なまえチャン俺のことそんな風に思ってたん?」
「まさか!! キツネみたいな胡散臭い人だと思ってます!」
「それ直球悪口やろ」
額を弾かれ、「イダァ!!」と叫ぶなまえを桐島は言葉とは裏腹に愉快そうに見た。
「桐島先輩、桐島先輩、お帰りください!」
「それこっくりさんに言うやつやねん」
「わ、私トイレに行きたくて……」
なまえがぐぐっと足を踏ん張りどうにか桐島の手から逃れようとするが、桐島は手を離さなかった。
「授業中に行きや。何て言ったらええか分かるよなァ?」
「と、『トイレに行っていいですか』……?」
「オモンないわ〜ゼロ点。正解は『生まれる〜』言うて戻る時に『元気な男の子でした』やね。これなまえチャンの持ちネタな」
「い、嫌ですよ!!」
「スベリ芸ってやつや」
「なんでスベらないといけないんですか!! 普通に面白いやつくださいよ!!」
「オモロイやつは欲しいんや」
「あっ……!!」
「なまえチャンはホンマ可愛ええな〜チョロQみたいで」
「ばっ……バカにしてますよね!?」
「意外と賢いやん。巻田クンに一歩差ァ付けたな」
「もおっ……いい加減離してくださいよ……!!」
「なまえチャンもうちょい鍛えた方がええよ」
「ギャッ!!」
パッと手を離され、その場に手をついて転がる。桐島は憎々しげにきっと自分を睨むなまえの姿を心底楽しそうに見つめた後、スタスタと歩き始めた。
「ほな、また時間があったら構ったるわ」
「二度と来るな……!!」
「おい俺先輩やぞ」
▽
午前中の授業を終えた桐島は、昼食を摂るために食堂へと向かっている途中だった。ふと廊下の先に目をやると、巻田となまえが並んで立っている光景が視界に入った。
同じ学年といっても今まで二人が話しているところは見たことがなかった。以前巻田といる時にたまたまなまえが通りがかり、桐島が話しかけたことがあったが、その時も二人はほとんど桐島に対してか、桐島を介しての会話しかしていなかった。それなのに、何をそんなに盛り上がっているのか、二人は何かを熱く語り合って盛り上がっている。なまえが一生懸命何かを巻田に伝え、巻田がそれに乗っかって更に盛り上がる。そして二人はおかしそうに笑い転げた。赤く染まった頬、緩んだ表情、真っ直ぐな視線。自分には向けられることない……
「あー……」
『今年の夏こそ俺がエースだ。テメェに勝って一番を奪う!!』
その球みたいにド真ん中ストレートの巻田の言葉が頭の中にリフレインした。
「結局、巻田クンみたいなバカ正直なやつが全部掻っ攫っていくんやろな」
ボソッと呟いた桐島は、つかつかと二人に近づいた。
「お二人さーん、なんかえらい盛り上がっとるやん。俺も混ぜてェや」
「ゲェッ……桐島!!」
「俺先輩やぞ殺すで」
巻田の頭を叩きながら、そっと逃げようとしていたなまえの腕を掴む。
「で、二人で何話しとったん?」
「エット……」
なまえは視線を逸らしながらもごもごと口を動かした。
「何? 聞こえんて」
「おい……」
「ああ、巻田クンはもう散ってええよ。バナナ食べてき」
すっと眇められた瞳に、いつもと違う何かを本能で悟ったらしい巻田は、心配そうにしながらもその場を離れた。
「で、俺には言えん話してたん?」
明らかに「図星です」と顔に書いてあるなまえに、桐島はギリッと手に力を込めた。
「イタッ……」
「だから鍛えた方がええて言うたやろ」
低いトーンでそう言われ、なまえもこれはいつもと少し違うみたいだと悟ったようだった。腹を括ったなまえは不承不承口を開いた。
「〜〜ッ、だから……、桐島先輩の話してたんですっ!!」
「……は?」
「い、言っときますけど決して悪口というわけでは……」
力が抜けた桐島の手を振り払うこともせずに、なまえはそっと桐島の顔を見返した。
「なんや、なまえチャンそんなに俺のこと好きやったん?」
「なっ……違いますよ!!」
「でも俺年上でオッパイデカい娘がええねん。ごめんな」
「なんで私が振られるみたいになってるんですかっ!!」
真っ赤になって子犬のようにキャンキャンと吠えるなまえを見て、桐島は内心でため息をついた。
年下やし、アホやし、察し悪いし、オモンないし、オッパイ大きないし、俺のこと全然好きやないのに。
「なんでなまえチャンなんやろな〜」
「え? ど、どういう意味ですか?」
「わからんように言ったからわからんでええよ(笑)」
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