すごいひと
- 私はあの男が嫌いだ。
石化復活の立役者、石神千空。
彼との出会いは最悪だった。
「どうして私を目覚めさせたの?」
堪えきれない涙が頬を伝う。寂しい、こわい、不安、そんな気持ちが詰まった涙だ。
石化前テレビで見ていた男が眉を下げる。まるで私を心配してるみたいな顔。きっと今最適な顔をしているだけだ。メンタリズムを駆使するこいつならお手の物だろう。
「家族にも友達にも会えないのになんで今こんな世界に目覚めさせたの」
顔を覆ってわっと泣き崩れる。こんな世界で起こされたくなんてなかった。
そんな私に、石神千空は何も言わなかった。それがまた、私の怒りに油を注ぎ、私の涙は一晩中止まらなかった。
のろのろと手を動かす。「働かざる者食うべからず」なんて笑える教訓によって、最低限の作業は手伝う。けれどモチベーションなんてあるわけない。勝手に起こしといて手伝えなんて横暴な話だ。
世界が石化して、原始的な世界に復活して。それだけでも充分信じられないのに、復活者たちの指揮を執っているのはなんと私より年下の男の子だ。専門家でもないくせに皆をこき使って。あいつが正しいかなんて分からないのに。なのになぜか不思議と慕われている。
この先全人類が復活するには、まだまだ時間がかかるらしい。もしかしたらもう二度と家族に会えないかもしれない。会えたとして、そのころにはパパと同じ歳になってるかも……ほんっと、笑える話ね。
どうしてみんなは平気なんだろう。聞くところによると、かつては霊長類最強高校生の獅子王司によって「選別」が行われていたらしい。私はその方が良かったと思う。みんながみんな、この環境で生きられるほど強くないと思うから。
私はあの男が嫌いだ。
石化復活の立役者、石神千空。
みんなを「平等」に扱うことによって、自分の弱さを思い知らされたから。
▽
「聞いたよ〜あんまり元気ないんだって?」
またしても心配ですって顔をして、おそらく私の「メンタルケア」をしに来た男に、私は吐き捨てた。
「いえ、大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます」
そうしてまた手を動かす。
「ああ、そんなに警戒しないでよ。別に千空ちゃんに言われてきたんじゃないからさ」
そう言われてなーんだ! そうなのか! と心を開く人がいるんだろうか。私の心はどこまでこの男に読まれているのだろう。きっと視線や手の動きや声の震えからほとんど掌握されているのだろうけど。
「千空ちゃんの人使いの荒さには俺が一番メーワクしてるからさ〜分かるよ、君の気持ち」
「……でも結局手伝ってるじゃん。一緒にしないで」
「言われちゃった〜」
大袈裟に額に手を当てる動作も、ムカムカして仕方がない。
「千空ちゃんてすごいんだよ」
「知ってる」
辟易するほど知っている。彼がすごいことも。彼に感謝するべきなのだということも。それでも私は受け入れられない。
「千空ちゃんのパパ、知ってる?」
いきなりぶち込まれた話題に私は目を丸くしながら首を横に振った。
「あれ、ニュース見なかった?石神って結構珍しい苗字だと思うけど」
「石神……?」
「宇宙飛行士なんだよ、千空ちゃんパパ」
そう言えば、日本人宇宙飛行士が宇宙に、ってニュース見たかも。だけど、それが何?すごい人の親はすごいって言いたいの?私はすごくない人間だけど、私のパパとママだっていい親だった。
「そりゃあすごいエリート様ね」
嫌な言い方をしている自覚があるから、より一層自分がいやになる。
「地球が丸ごと石化されたとき宇宙にいた人はどうなったと思う?」
急に投げかけられた問いを頭が理解したとき、ゾッと寒気に襲われた。地球全体を包んだという石化光線。宇宙で石化したら?永遠に無の世界をさまよい続けるのか。
「実は千空ちゃんパパね、石化しなかったの。地球最後の生き残り」
「え……?」
そう聞いても、私にはすぐにはそれが良いことなのか悪いことなのか理解できなかった。
「今の石神村はね、千空ちゃんのパパたちが作ったんだ」
石神村の成り立ちを聞くうち、私はぎゅっと体を抱きしめていた。小さな無人島から出ることもできず、人類の石化を知りながらもどうすることもできず死んで行った人たちがいる。それは、石化して永遠に宇宙をさまようのとどちらがマシなのだろう。一つ確かに言えるのは、ある程度科学技術がよみがえった世界で、家族や友人より先に復活するよりずっとマシなのだということ。
結局私は「すごい」の意味すら分かっていなかったのだ。
石神千空、大切な人をうしなったひと。その現実を受け止め、それでも前を向き、文明復興を目指しているひと。
原始人を仲間にしたり、霊長類最強高校生を思い直させたり、このうさんくさいメンタリストがわざわざフォローして信用を回復しようとするひと。
私はあの男が嫌いだ。
石化復活の立役者、石神千空。
彼の半生も最悪だった。
自分より最悪な状況にいても力強く生きる彼に、自分の矮小さを思い知らされるから。
それでも彼は「平等」に、こんな私も必要だと笑うのだろう。
そしてきっと、私もいずれ科学の徒となっているのだから、本当にいやになる!
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