暗点のボス専属スタイリスト
- 起きた瞬間鈍痛に襲われ、私は柔らかいマットレスの上でうめいた。この最上級の寝心地のマットレスとお手入れの大変そうなシルクの布団カバーは、我が家のものではない。
昨日は少し飲みすぎて、帰る途中で私をからかうように近づいてきたメフィストに絡んだところまでは覚えている。
酔っ払いに絡まれたメフィストが助けを求めたのか、見かねたシンが寄越したのかは分からないがアキラとカゲトが迎えに来て、黒塗りの車の座席に寝転んだところで私の記憶は途切れていた。
「うーん……うーん……」
ベッドの中でうめいていると、静かに、でも確かにこちらに入室を知らせるようにドアが開く。
「起きたか」
シンの落ち着いた低い声のほうに助けを求めるように視線を向けると、視界に飛び込んできたシンの珍妙な姿に私は言葉を失った。
シンの髪の毛にはいくつもの小さな細い三つ編みが作られていて、頬には猫のひげのような落書きがされている。もしかしたら、犯人は酔っ払っていた私という可能性もあるかもしれない。
その姿のままでいるということは、相当怒っているのか……と思った私は痛む頭に顔をしかめながら起き上がった。
「シン……あの、ごめんね? 昨夜の記憶がなくて……」
「無理に起き上がらなくていい。水だ。薬もある」
私の体を支えててきぱきと世話を焼くシンに、「怒ってないの……?」とおそるおそるたずねた。
「なにに対してだ? 俺をコーンロウにすると言って小一時間身動きを封じたことか? それとも、私が子猫ならあなたは親猫と言って顔に落書きをしたことか? それとも、メフィストに対して……」
「もう、いい……全部謝るよ……」
力なくそう言うと、シンはくっと笑った。
「冗談だ。べつに怒ってない」
シンの様子をうかがっても、本当に機嫌は良さそうで、私は首を傾げた。
「なんで怒らないの……?」
「俺は知っている。お前が酔ってこんなふうに甘えるのは俺にだけだと」
そう言って、カクテルのように甘やかに笑う。私は瞬間的に頭痛を忘れるくらいみとれてしまった。
「気分が良くないわけがない」
「そんなの、シン以外にもしてるかもしれないでしょ……」
なんだか悔しくてそう口をとがらせると、「先週、同僚と飲んでいた際はここまでひどく酔っていなかった。セーブしてただろ」と返される。
「それは、他に酔ってる子がいたから、介抱してただけ……」
「半月ほど前の飲み会の帰りでは、お前に声をかけた男の関節を極めていたな」
「だって突然肩を組んでくるから……咄嗟に……」
「普段人前では節度ある振る舞いをするお前が、俺の前でだけは前後不覚になるほど気を許しているんだ」
すり、とシンに指先で頬を撫でられ、顔が熱くなる。
「ちなみに、昨夜俺がこうやって触れても、お前は関節を極めるどころか擦り寄ってきてたぜ」
「……暗点のボスの関節を極められる人なんているわけないでしょ!」
強がりを言ってそっぽを向く。シンは「以前お前に腕を捻りあげられた記憶があるのは俺の勘違いか?」とからかうように呟いた。
「さて、そろそろこれを取っていいか」
シンが頭を下げ、髪の毛についているゴムを差し出す。
「早く取ったらいいじゃない」
「お前がいいと言うまで取るなと言われてるからな」
「……」
私は手を伸ばすと、シンの三つ編みを留めている色とりどりのシリコンゴムを一つ一つ外していった。ゴムを外し、髪の毛をほぐすと、一晩三つ編みの形状のまま放置されていたこともあり、シンの硬い髪の毛であってもゆるくウェーブがかかったような癖がついていた。
「……あなたって、本当にどんな恰好でも似合うんだね……」
感心のこもった息を吐くと、私の手を捕まえたシンが猫のひげの生えた頬に押しつける。
「気に入ったか?」
「うん。たまにはこうやってヘアアレンジするのもいいかもね」
「そうだな。お前に飽きられないように励もう」
「……でもヘアアレンジはスタイリストに頼んだ方がいいかも」
包帯を巻く時のシンの不器用な手つきを思い出してそう忠告する。
「なら、俺の専属スタイリストの肩書きをお前にやろう」
「くれるのは肩書きだけ?」
「なんだ、代価がほしいのか」
「そうだね……代価は、私以外の人に髪の毛を触らせないこと」
「俺の頭を触ろうとする奴はお前くらいのものだがな」
柔らかい笑みと声音でそう言ったシンは、「もう少し寝るか?」と首を傾げた。
「うん……」
重い頭を柔らかい枕に沈めて、私はシンの袖を握った。
「一時間経ったら起こして……」
「ああ。ゆっくり休め」
その言葉から、シンがどこにも行かないということを汲み取った私はほっとして、起きたら何をしようと考えながらそっと瞼を下ろした。
感想はこちらへ