ヒロインズドラマ



夜中、突然の訪問者に私は顔を曇らせていた。いつもの笑みを顔に貼りつけた太刀川くんと、有り得ないことに太刀川くんに肩を貸されている二宮くんに、だいたいの事情は察することができた。
「二宮潰れたからあと任すわ」
端的に状況を説明する太刀川くんに、私は気まずい思いでへらりと笑った。
「二宮くんの家に送ってあげた方が喜ぶかも〜……」
「めんどい」
そうスッパリと断られては、何も言い返せない。
「お前んちのが近かったから連れてきた。彼女なんだし介抱してやれよ」
黙りこくった私を意に介さず、太刀川くんは二宮くんを私に押し付けた。
「わっ、ちょ、ベッドまで手伝って!」
一人では支えるのもままならず、慌ててそれだけ頼むと太刀川くんは二宮くんをベッドに寝かせてさっさと帰っていった。
残された私は二宮くんの整った顔を眺めながら、果たして私はまだ二宮くんの彼女なのだろうかと考えていた。こんなに至近距離で二人で会うのは、もしかしてもう一ヶ月ぶりか。
一ヶ月も会っていないのなら、もう自然消滅したと言ってもいいのかも。二宮くんはモテるから、もしかしたらもう新しい恋人がいるかも。
そう考えると泣きそうになって、何をおこがましいことを、と首を振った。そもそも私なんかが二宮くんと付き合えたのが、間違いみたいなものだったのだ。
告白する気なんかさらさらなかった。そりゃ二宮くんは素敵な人だけど、私と二宮くんじゃ、釣り合わないどころか生きる世界が違うと思っていた。しかしお酒のせいか気の緩みのせいか、ある日の飲み会の帰り道で「好きだなあ」とポロリと零してしまって、今何を言ってしまったんだろうと考えているうちに二宮くんが「付き合うか」と言って、その言葉を理解するより前に反射的に頷いてしまって、私たちのお付き合いは始まった。
最初の一週間はただ信じられなくて、浮かれていた。しかし、二宮くんの私に対する距離感が変わったようには思えなかった。それならば、と自分から色々と二宮くんをデートに誘ったのだが、二人でいると自分がどれだけ二宮くんと釣り合っていないか思い知らされた。デートだって、二宮くんは楽しいだろうか。私ばっかり浮かれて空回っている気がして。どんどん自分が嫌になっていって、一ヶ月前、とうとう私は二宮くんに当たり散らしてしまった。二宮くんに言ったってどうしようもないと分かっていたけれど、口が止まらなくて。自分を卑下する言葉を吐く私を見る二宮くんの顔は、怒るでも呆れるでもなくいつもと同じで。逃げるようにその場を後にした私は、それ以来二宮くんに連絡をしていなかった。そして、この一ヶ月、二宮くんからも連絡は来なかった。これはもう、そういうことなんだろうなと思いながら、寂しさと安堵を飲み下していたところに、太刀川くんに連れられた二宮くんがやって来たのだ。
もし二宮くんに新しい恋人ができていたら、元カノと一晩同じ屋根の下で過ごすのは良くなかろうと私は大学の研究室にでも避難することにした。
……本当は、自分が逃げたいだけだ。どこまでも卑怯で臆病で、やっぱりこんな奴が二宮くんに釣り合うわけがない。
サイドテーブルに書き置きとお水を置いて部屋を出ようとしたのだが、その手首をいきなり掴まれて驚いて小さく声を上げる。
いつの間にかパチリと開いていた二宮くんの切れ長の瞳から私はそっと視線を逸らした。できることなら二宮くんが起きる前に家を出たかった……
「……起きた?歩けそうだったら、タクシー呼ぶよ」
手首を離してくれないかなあと思いながら、早口で言い訳じみた言葉を並べ立てる。
「あ、実は私まだ次の授業のレジュメを作ってなくて、今から研究室で作業しようと思ってて。朝まで帰らないから二宮くんは自由にこの部屋使ってね。帰る時は鍵をポストに入れといてもらったら、」
「……おまえは」
二宮くんの低い声に遮られ、口を噤んでしまう。
「何を伝えたら安心する」
「へ……?」
予想外も予想外のセリフに、ぽかりと口を開ける。それはどういう、と聞く前に、さらりと頬に手が添えられて、起き上がった二宮くんの顔がすぐ近くに迫った。驚きで目を見開いているうちに私の唇と二宮くんの唇が触れ合った。え、やわらか……まつ毛長……鼻高……。混乱しているうちに顔が離れていった。私と二宮くんの、初めてのキスだった。
「か、彼女さんは……?」
すっかり頭の中で出来上がった二宮くんの新彼女像が消えなくてついそう漏らすと、二宮くんの眉間に皺が寄った。
「何の話だ」
「あ、新しい恋人が、できたのかなって……」
そう答えると、先程より強い力で二宮くんに再び手首を掴まれた。
「俺はみょうじと別れる承諾をした記憶はない」
「だって……一ヶ月、連絡……なかったし……」
俯いてそう言うと、二宮くんは「みょうじは、連絡が欲しかったのか」と呟いた。
な、なんだろうこれ。怒られているのかな。呆れられているのかな。いやでも今の私だいぶ面倒くさいよね。こんなのが許されるのはいい女だけだ。私みたいな奴が二宮くんにこんな恨み言のようなことを言うなんて、お門違いも甚だしい。ますます顔が上げられなくなっていると、二宮くんは「明日の予定」とだけ言った。
「あ、あした……?二限から、授業、で……そのあとは、何も」
オドオドとそう答えると、二宮くんは「飯に行くぞ」と言う。
「え、あ、はい。誰と……?」
「俺と、おまえだ」
グッと眉間に皺を寄せたままの二宮くんの顔をぽかんと見つめる。つまり、それは、デート?

その日以降、毎日何かしら二宮くんからメッセージが届くようになった。ご飯のお誘いのこともあれば、ただその日にあったことの報告のこともあった。あまりの変化に私はただうろたえていた。
ある日、これも二宮くんに誘われて二人で焼肉に行った帰り道のこと。唐突に二宮くんが「手は繋がないのか」と呟いた。それで思い起こされたのは、初デートの時の苦い記憶だった。
初めてのデートで、私は勇気を振り絞って二宮くんに手を繋いでもいいか、と聞いた。触れた手の温度に喜んだのは一瞬で、すぐにショーウィンドウに映り込む自分たちのちぐはぐさや周囲の人たちの視線が気になった私はトイレに行くといって手を離して、それきり二度と手を繋ごうとは言わなかった。
私はへらりと笑って「歩きにくいかなって」と誤魔化した。
「……平気だ」
言葉足らずにすっと差し出された手を見つめる。この手を取ってもいいのか。じわりと胸に浮かんでくるのは、恐怖でも戸惑いでもなく、途方もない嬉しさだった。
──ああ、この人のこと、好きなんだな
きゅ、と二宮くんの手を握りながら、私は痛いほど自分の気持ちを再確認した。



「俺になにか言って欲しいことはあるか」
二宮くんの整った顔に迫られながらそう問い詰められ、何を試されているのだろう、と息を荒げる私は走馬灯のように今日一日のことを振り返っていた。

今日は久しぶりに一日何も予定がなかったので、ショッピングに行こうと思っていた。すると二宮くんから「今日の予定」とだけメッセージが来て、正直に買い物に行くと答えると「迎えに行く」というメッセージが来て、その三十分後本当に二宮くんが家に来た。その時点で私は何が起こっているのだと呼吸を早くしていた。
「あの、買い物ってほんとに、服とかアクセサリーとかで、きっと二宮くん楽しくないと思う」
そう言っても二宮くんは「問題ない」と聞く耳を持たなかった。ああ、こんなことになるならもっと気合を入れて身支度をしたかった。
家を出てからさりげなく二宮くんと距離を取って歩こうとしたが、手を繋がれて阻止された。歩いているだけではあ、はあ、と息切れをする挙動不審な女(美形に手を繋がれている)の誕生だ。
どこに行くのかと聞かれたので、何も考えずに当初予定していたショッピングモールの名前を告げる。言ってから私は二宮くんをショッピングモールに連れて行っていいものかと悩んだ。もっとお洒落なところに誘うべきだった……。
駅近くにあるショッピングモールにやって来て、適当な服屋に入ったはいいものの、隣に二宮くんがいてはまったく集中できない。センスを問われているようで気軽に服を手に取れない。値札を見てから服を棚に戻すとかできない。
「あ、あの、外で待ってて……」
困りきった私はとうとうそうお願いをした。しかし、女性向けブランドのお店の前で二宮くんを待たせているという状況はそれはそれで胃に悪くて、私はどんな顔して二宮くんに「お待たせ」と言うのかそればかりを考えていた。
相変わらず、二宮くんの隣にいると自分のダメさに落ち込む。なんでもっとスマートにやれないんだろう。せっかく付き合ってくれているのだから、「どっちが似合うかな」なんて甘えて、ちょっとお高くても気にせずに買って、「今度のデートの時着るね」って、言える女の子になりたかった。
そんな地の底まで落ちた気分の中私は何とか服を見繕った。着回しができそうでお財布に優しいお値段のニットを手に持ち、試着室を借りるために店員さんに声をかけると、店員さんに興奮気味に二宮くんのことを聞かれ、私は曖昧に笑った。私が一番不思議です。なんで二宮くんと付き合えているのか。
店員さんは私がワンピースを着ているのを見ると、新作だというスカートをニットに合わせてくれた。私には少し可愛すぎるかもしれないけど、「ご試着だけでも」という言葉に甘えさせてもらう。着てみるとスカートのおかげでスタイルがよく見えて、少しだけ気分が上向いた。ちらりと確認した値段は予算オーバーだったので、やはりニットだけを買わせてもらおう、と申し訳ない気になる。今度セールの時また来ようかな……。カーテンの外から声をかけられたので、慌ててカーテンを開いて、「いい感じです」と答えた。
「よくお似合いですよ〜!あ、彼氏さんにもお声がけしてきますね!」
慌てて「いいです……!」と言った私の声は届かなかったのか無視されたのか。風のような素早さの店員さんに連れられてきた二宮くんに、どうでもいいものを見せて時間を取ってしまって申し訳ない。
「あ、あの、やっぱり最初のニットだけで……」
急いで買い物を終えようと店員さんに声をかけると、「このまま着ていきます」と二宮くんが口を開いた。
「じゃあタグ切っちゃいますね〜。ワンピース、紙袋にお入れしておきます。お支払いは」
「カードで」
私がぽかんと惚けて置いてけぼりになっている間にどんどん購入の算段が整っていって、気づけば店員さんの明るい声を背に店を後にしていた。お店から少し離れたところで「二宮くん……!」と声をかける。
「ごめんね、お金、後で返すから……!」
「返さなくていい」
そこまでスッパリと断られると、返しようがなくなるのだけど。
「で、でも……!」
「……次はなんだ?アクセサリーか?」
グイッと手を引っ張られ、二宮くんにアクセサリーショップに引き摺られる。話を聞いてよ!と泣きたくなりながら、私は慌てて二宮くんについていった。

なんだかすごく疲れている。なんでこんなに疲れてるんだろう。ボーッとする頭でアクセサリーに目を滑らせる。可愛いデザインの色とりどりの髪留めに、少しだけ心が癒されて。どうせなら今日買った服に合いそうなものを買おうかな、と考える。色だとこっちが合うけど、デザインだとこっちがいいなあ……。今日初めて、二宮くんの存在を忘れていると、「楽しそうだな」と声をかけられた。
「……うん、髪の毛アレンジするの好きだから、アクセサリー見るのも好きなの」
穏やかな呼吸でそう返して、吟味に戻る。つい一人でいる時のようにじっくり考えこんでしまって、ハッと気づけば二宮くんはずっと隣で私が選ぶのを待ってくれていた。さあっと顔が青くなり、私は謝ろうと口を開いた。
「ゆっくりでいい」
しかしそれを押し留めるように先回りして二宮くんにそう言われて、驚いてしまう。
「あ、りがとう……」
そう返すと、二宮くんはゆっくり私を見た。その目は別に、怒っていない。少しだけホッとして、私は一つのバレッタを手に取った。
「これにするね。付き合ってくれてありがとう」
そう言うと、二宮くんは私の手からバレッタを奪っていった。
「あ……!じ、自分で買う……!!」
そう言って取り返そうとしてもツーンとした顔で私の手の届かないところに腕を伸ばすから、こんなことをする人だったのかと唖然としてしまう。
結局また支払ってもらったバレッタを憮然と手のひらの上に乗せていると、二宮くんに「着けてこい」と化粧室を顎で指された。
「いい、いいよ、二宮くんを待たせちゃうし……」
「おまえはいつも自分のことより俺のことを気にするんだな」
ぶんぶん首を横に振っていると、二宮くんにそう言われた。
「あ、ご、ごめ……」
「謝らなくていい。俺はみょうじのそういうところを美徳だと思っている」
二宮くんの言葉にびっくりして息を止めてしまった。私のこんな、どうしようもない性格を、まさかそんなふうに言ってもらえるとは思っていなかった。
「……急がなくていい。待っててやるから行ってこい」

ポーチに入っていたシリコンゴムとヘアピンで簡単に髪の毛をまとめる。最後にさっき買ってもらったバレッタを留め、鏡の自分を見つめると、まるで別人になったみたいな気分がした。
すごいなあ、こんなに変われちゃうんだなあ。一人でうじうじ悩んでいた時と違って、二宮くんと一緒にいたら、こんなに変われるんだ。……やっぱり二宮くんはすごい人だ。
最後にリップを塗り直して二宮くんの元に戻る。さっきよりは、二宮くんの隣に立つのが怖くない。
「お、お待たせ」
戻ったら最初に伝えようと思っていた言葉を二宮くんに伝えた。
「待っててくれて、ありがとう」
それだけじゃない。
「お買い物も、付き合ってくれてありがとう。えっと、楽しかった……」
手を繋いでくれたのも、プレゼントも全部。上手い言葉が出てこなくて、へにゃりと情けなく笑ってもう一度「ありがとう」と言うと、二宮くんは「買い物はもういいのか、なまえ」と言って私の手を取った。
「う、うん。……えっ!?」
つい大きな声を出してしまって慌てて口を手で押さえた。驚きにじっと二宮くんを見つめた。
「な、名前……」
「嫌か」
私はぶんぶんと首を横に振って、今の馬鹿っぽかったかなとすぐに動きを止めた。
「うれ、しい……」
真っ赤になっているであろう顔で必死にそう伝えると、二宮くんはもう一度「なまえ」と呼んだ。なんだか居心地が悪く、私はへらっと笑って二宮くんを見た。
「今日は本当に、付き合ってくれてありがとう。帰ろうか」
駅に向かって歩き出そうとすると、くんと手が引っ張られた。
「俺の家に来るか」
「……へぇ?」
突然のその言葉に、私はぽかりと口を開いて二宮くんを見つめた。

初めてお邪魔する二宮くんの部屋に、私はもう過呼吸の一歩手前くらい落ち着きない呼吸をしていた。どういう展開。どういう状況。ぶるぶる震える膝の上の手を見つめていると、唐突に二宮くんにかけられた言葉が先の「俺になにか言って欲しいことはあるか」というものだった。言って欲しいこと……?なに……何を試されているのか。なんと返すのが答えなのか、誰か教えてほしい、本当に。「二宮くんはなんて言って欲しいの」って言ったら怒られるかな。
二宮くんに言って欲しいこと、そりゃあたくさんあるよ。
今日のはデートって思っていい?とか、退屈じゃなかった?とか、どうして服やアクセサリーをプレゼントしてくれたの?とか、この服似合ってるかな?とか、……私のこと、どう思ってる?とか。
「と……特には……?」
へらりと笑いながらそう答えると、二宮くんは眉間に皺を寄せた。うう、やっぱり怒られた。
「……おまえは」
情けない気持ちでうろうろと視線をさまよわせていると、二宮くんが口を開く。
「俺と別れたいか?」
その言葉にびっくりして息が止まる。
「そ、れは」
「おまえはまだ俺のことが好きか」
二宮くんにソファの背もたれに追い詰められ、驚いた私はこくこくと頷いた。
「……そうか」
ふ、と息を吐いた二宮くんの瞳は真剣で、私はあれ?と混乱したのだった。



「悩み事のようね」
ラウンジでここ数週間の二宮くんのことを考えていると、加古ちゃんと太刀川くんに声をかけられた。一人で考えすぎて混乱していた私は、なりふり構っていられなくなって藁にもすがる気持ちで二人に相談に乗ってもらうことにした。
「あ、あのね、本当に真面目な話なんだけど」
そう前置きをしなければならないくらい馬鹿馬鹿しいことを話す自覚はあるのだけど。
「もしかして二宮くんって私のこと好きなのかな……」
「あら、やっと気づいたのね」
「二宮におめでとうってメッセージ送るか」
二人は私の言葉を馬鹿にすることなくそう返すからぽかりと口を開いてしまう。
「あなたに振り回される二宮くん、面白かったのに。残念ね」
ふふ、と笑う加古ちゃんは、「それで、二宮くんはどうやってあなたに自覚させたのかしら」と呟いた。
「も……黙秘で……」
私は手で赤くなった顔を隠して縮こまった。
「付き合ってるのに面白いくらいすれ違ってたもんな」
太刀川くんにまでそう言われて、どれだけ分かりやすかったのかと顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。
「あの日、ナイスパスだったろ」と言う太刀川くんに、「まさか全部計算して……」と言ったら「いや?普通にめんどくさかった」と言われたのでホッとしたようなムッとしたような。
私は目の前でニヤニヤニコニコと笑う二人に、ジュースをご馳走してそれを相談料として手を打ってもらったのだった。

『会いたいな』
二宮くんに送ったメッセージを眺める。今までなら何があろうと送ることができなかったメッセージだ。かくいう今も取り消したい気持ちと『忙しかったら大丈夫だよ。もし時間が取れたら電話でも……』と予防線を張りたい気持ちが私の胸の中でせめぎ合っている。
でもすぐに『今から行く』というメッセージが返ってきたから、じわりと胸に嬉しさが広がっていく。ソワソワと二宮くんを待っていると、インターホンが鳴った。
「急にごめんね。ありがとう。寒くなかった?」
出迎えた二宮くんの頬を手でそっと包むと、冷えていたので私は温かい室内に二宮くんを誘った。温かいコーヒーを差し出すと、二宮くんが「どうした」と聞いてくれた。すうはあと深呼吸して、意を決して切り出す。
「あ、あのね、前に、俺に言って欲しいことあるかって聞いてくれたよね。あれ、今でもいい……?」
「……ああ」
どうしよう、何から言おうと迷っていたのに、私の口から出てきたのは、二宮くんへの要望ではなかった。
「……二宮くんが、好き」
じっと私を見つめる二宮くんの目を真っ直ぐ見つめ返して、「二宮くんは、私のこと、好き?」と聞いた。
「……好きだ」
その言葉にじわりじわりと体が温かくなっていって、もう大丈夫、と思った。
「……うれしい」
そう呟いて、私は二宮くんにへにゃりと笑いかけた。
「あのね、もう大丈夫。まだ自分が、二宮くんに釣り合うとは、思えない、けど。二宮くんが好きって言ってくれるなら、自分のこと、許せるから」
「……分かった」
ふっと息を吐いた二宮くんに、「これだけの用事で夜に呼び出してごめんね」と謝る。
「別にいい。おまえに甘えられるのは嫌いじゃない」
そんな二宮くんの言葉に、ああ、こんなに愛情深い人だったのかと擽ったい気分になって。
「良かったら泊まってく?」
「……い」
「あ、でも着替えがないか」
「……」
質問を自己完結させると、少しムッとした表情の二宮くんに、「おまえが着替えを持って泊まりにこい」と言われた。
「わあ、いいの?楽しそう!」
へらへら笑いながら「明日何コマから?」と二宮くんに聞く。
「途中で朝ごはん買ってこっか。嬉しいな」
そう話しかけると、二宮くんが少しだけ呆れたように、でも優しく口角を上げたから、私はその破壊力にノックアウトされてしまった。
「わらっ……」
私は顔を手のひらで覆うと、立てた自分の膝に手のひらごと顔を埋めた。
「……なんだ」
「二宮くんが、かっこよくて……」
もごもごとそう伝えると、「さっさと慣れろ」という言葉とともに呆れたような二宮くんのため息が聞こえてきた。
それはしばらく、無理かもしれない。



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