親友の証
- 私にとって彼女は紛うことなき親友だった。早く着いてしまった待ち合わせ場所で所在なげに立ち尽くし、久しぶりに会う親友のことをぼんやりと思い出す。でも、彼女にとって私が親友だったのかは、もう分からない。
明るい声に名前を呼ばれて、振り返って微笑む。
「真織、久しぶり」
「久しぶりやな〜!!元気しとった?」
「それはこっちのセリフ」
まるで昨日の続きかのように自然な距離感に、居心地の悪さを感じた。
「実はな、春から三門市に行くねん」
なんの冗談かと思った。彼女らしくない突拍子もない冗談を笑い飛ばすには、その表情はあまりにも真剣だった
「ほら、知ってるやろ?ボーダーってやつ。あれにスカウトされてな。正隊員になれば給料も出るらしいし……」
なんの悪夢かと思った。皮膚が剥がれるくらい頬を抓ったっていいから夢なら早く覚めてくれと思った。
どうして真織はそんなに普通の顔をしているの。私と離れるのが嫌じゃないの。なんで私に相談する前に決めちゃったの。私は……
「家族以外に言うのは、なまえが最初がいいと思って。な、応援してや」
いつもの可愛らしくて快活な笑顔でそう言われて、私はトドメを刺された。引き留めることすらさせてもらえなかった。
「頑張ってね」
私はいったいどんな顔でその言葉を吐いたのか、自分の顔が見えなくてよかったと思った。
真織が隣にいなくても朝は来るし私は笑えるし世界は輝いているしご飯も美味しい。でも決定的に何かが足りなかった。パズルのピースが一つ欠けていても、全体の風景に支障は出ないみたいに。真織が引っ越してすぐの頃はよく電話やメッセージのやり取りをしていたけれど、途中から三門市でも、私がいなくても楽しそうに過ごしている真織の近況を聞きたくなくて、最近はあまり自分から連絡していなかった。真織からの連絡の頻度も少なくなっていた。それが一か月前、夏休みに帰省するから会おうという連絡が来たのだった。そのメッセージを見て最初に会いたいと思ったのか会いたくないと思ったのか、もう覚えていない。
真織が携帯でボーダーの同じチームの人たちの写真を見せながら楽しそうに話している。ああ、うざったいなと思った。こいつらは私より真織のこと笑顔にできるの。まさかこの中の誰かが恋人なの。真織の声は大好きだけど、そんなことを聞かされるくらいなら聞きたくないと思った。コーヒーのように黒く濁った感情を飲み込むようにカフェオレを啜る。
「あ!!そういえばお土産まだ渡してへんやん!!」
鋭く叫んだ真織に、「そんな気遣わんで」と声をかけた。鞄の中をゴソゴソと探っている真織を見つめていると、鞄から何かが零れ落ちた。
「落ちたで──」
私は拾おうと身をかがめて、動きを止めた。それはなんの変哲もない、家のものだろうと思われる鍵だった。一点、高校生が付けるには幼いデザインのキーホルダーが付いているという点を除いて。
「これ……」
「ああ、懐かしいやろ?中一の誕生日に、なまえがくれたやつ」
まだ小学校を卒業したばかりの私が、『親友の証』とかクサイこと言って色違いでプレゼントしたやつ。
「それ、お守りやねん。ウチの帰る場所やから。色々と大変やけどなまえが待ってるから頑張ろうと思えるんよ」
少し照れたようにそう言う真織に、私は身をかがめたまま動くことができなくなった。
「もう、いつまでそうして……」
真織が鍵を拾って、私の顔を覗き込む。
「……え、泣いとるん?」
私はボロボロ流れる涙を隠すように手で顔を覆った。
「私、ほんとはずっと寂しかったんよ。真織に行ってほしくなかった……」
「……うん、そうやろうなって思ってた」
穏やかな声の真織は、私の手をぎゅっと握った。
「でもなまえは、その寂しさを乗り越える強さを持っとるやろ。ウチ、なまえのそういうとこが好きやねん」
「真織って、ずるい……」
「こんだけ一緒におるのに、まだ知らんかったん?」
にひ、と悪戯っぽく笑う真織。そういえば末っ子だったなって思い出して、ずる、と洟をすすった。
「次の休みは、私が三門に行くわ」
「うん。ぜひ来てや」
「そんでその……イコさん?らが真織を預けるに値するかチェックする」
「それはやめぇや!!」
顔を赤くしてツッコむ真織の手に握られた『親友の証』を見て、私は涙まみれの顔で今日初めて心から笑った。
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