きみとキスをする夢を見た



こんな夢を見た。
私は誰かと並んで満開の花畑を歩いていた。隣を見上げるとそれは友だちの影浦で、影浦だなぁと思っていると、おもむろに影浦の手が肩に置かれた。ゆっくりと影浦の顔が近づいてきて、あれっと思う前に唇同士が触れ合った。いや、触れたか触れないかくらいで私は叫びながら飛び起きた。
ここが自分の部屋で、今のは私がとち狂って見た夢だと理解するのに数分かかった。それからは、アラームが鳴るまでひたすら布団にくるまって影浦のことを考えていた。昨日までは良き友人で、そんな風に見たことなかったのに、私の頭の中には影浦の顔と唇がぐるぐると回っていた。

気まずいけどただの夢だからと自分に言い聞かせて登校すると、タイミングの悪いことに昇降口で影浦と出会った。吸い寄せられるように見てしまうのは影浦の唇を覆っているマスクで、私は自分の頭を殴った。
「……んだよ」
気味悪そうな影浦の声に、私は顔が上げられなくて俯きながら「なんでも……」と言った。
「……おめーなんかあっただろ」
鋭い影浦の一言に「う」と言葉に詰まる。
「俺関係のことで」
影浦はたまにこっちの感情の動きに驚くほど聡い。焦った私は「なんでもないって!」と叫ぶと走って教室に向かった。
「んだあの感情……」
昇降口では影浦が訝しげに一人で突っ立っていた。

昼休みまで影浦を避けに避け、私は屋上に繋がる埃っぽい階段に座り込んでいた。
今まで通り接したい。影浦と友だちでいたいのに、どうしてもあの骨ばった体や低い声を意識してしまう。なんで私はあんな夢見てしまったんだろう。
「最悪だ……」
「おい」
今まさに思い描いていた声がして、私はびくうっと体を飛び上がらせた。膝に埋めていた顔をゆっくりと上げると、影浦が階段の手すりにもたれながら立っていた。
「何があった」
「もーなんもないって……」
私が立ち上がろうとすると、影浦は距離を詰めてそれを阻止した。目の前にしゃがみこんで私に視線を合わせた影浦は「吐け」と言った。その唇の動きについ目が釘付けになる。マスクは顎まで下ろされ、影浦の手入れなんかされてない、少し硬そうな唇が露わになっていた。ふと、どんな感触なのか気になった。だって夢ではそんなの感じる前に起きちゃったから。私はまだ夢の中にいるみたいにはっきりとしない思考で、影浦の唇の柔らかさを想像した。
気付くと、ふに、という感触を唇に感じていた。目の前で影浦のいつも鋭い瞳が見開かれていて、そこで私は自分が身を乗り出して影浦にキスしていたことに気づいた。慌てて身を引いて立ち上がる。
「ま、まちがえた……」
そこからの私の行動は自分でも迅速だったと思う。しゃがんだまま動かない影浦に謝るとその場から脱兎のごとく逃げ出したのだ。
廊下を走りながら、私は現実を受け入れた。
あの夢で気づいてしまった。影浦が男だってこと。
もう友だちには戻れない。

翌日から私は徹底して影浦を避けた。朝は始業ギリギリに教室に滑り込み、休み時間は女子トイレまでダッシュし、昼休みもチャイムが鳴った瞬間教室から飛び出そうとした。しかし廊下に一歩足を踏み出した瞬間にいつの間にか後ろに立っていた影浦に肩を掴まれた。
「か、影浦おことわり!!」
そうわめいても影浦は意に介さず私を引きずっていく。周りも影浦を恐れてか憐れな女を助けてくれる者はいなかった。

着いた先は昨日キスをしてしまった階段で、気まずさに床に積もった埃ばかりを眺めていると手すりに追い詰められた。
「おい」
不機嫌そうな声に私は咄嗟に「ごめんなさいごめんなさい」と謝った。
「もう二度と近づきません〜〜……」
「『誰と』間違えた」
「吐け」という言葉、昨日も聞いたなと考えながら影浦の言葉の意味がしばらく理解できなかった。
「……はい?」
「しらばっくれんな」
そう言われても、ただでさえ混乱しているのに、私の脳みそはそんなにハイスペックじゃない。なになに、どういうこと?と混乱していると、影浦が舌打ちをした。シバかれると思って反射的にギュッと目を瞑ると、唇にふに、という予想していたよりだいぶ優しい感触がした。驚いて目を見開くと黄金色の瞳が私を睨んでいて、次の瞬間私は影浦の体を突き飛ばしていた。
「な、な、な……」
ああもう、顔真っ赤だ。いやだ。笑って誤魔化すことができるくらい器用だったら、影浦と友だちのままでいられたのに。
影浦は怪訝そうに私の顔を見ていたが、再び私を手すりに追い詰めた。
「ひぃ〜〜……な、なに、なに……」
私が混乱で泣きそうになっていると、また影浦の顔が近づいて、唇が触れ合った。手で影浦の胸を押しても今度はビクともしないし、腕を掴まれて抵抗できなくされてしまう。気まずくなって私が目を閉じると、唇をかり、と噛まれた。
「っ……!?」
驚きで目を見開いてしまうと、影浦と目が合って、私の唇に食い込む影浦の尖った歯の形を感じた。
「〜〜っ!!」
かと思えば歯が突き立てられたところを舌で撫でられ、びくりと体が震えた。足に力が入らなくなって、がくりとその場に座り込んでしまう。目に涙を浮かべながら荒く息をする私の頭上から、影浦のどこか楽しそうな声が降ってきた。
「あーなるほどな……これが欲情か」
その言葉の意味を測りかねて呆然としていると、影浦は私と視線を合わせるためにしゃがみこんで凶悪に笑った。
「なまえおめー、俺に欲情してんだろ」
「っ……」
図星を突かれた私は顔を赤くして俯くことしかできなかった。影浦が指の背で私の頬をなぞる。また影浦が近づいてくる気配がして、すがるように名前を呼んだ。授業が、という口実は午後の空気とともに影浦の口の中に吸い込まれていった。



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