甘い砂糖



腕の中で眠るなまえちゃんの、涙の跡が幾筋も残る頬を撫でた。やっと彼女のすべてを手に入れることができたというのに、おれの胸の中には達成感だけではなく、その他の色々な感情が渦巻いていた。
なまえちゃんはくるくるとよく表情が変わる。そのすべてが本心だから、自分にないものだから、こんなにも惹かれるのだろうか。笑った顔も怒った顔も、すべてを可愛いと思う程度には惚れている自覚がある。
……でも、今回ばかりは怒ってくれたらまだマシな方だな。
目を覚ましたなまえちゃんが、最初にどんな表情を浮かべるのか……恐怖、怯え、恨み。……なまえちゃんは本当に、分かりやすい。笑えるくらいおれの思った通りに動いてくれる。昨日なまえちゃんが流した涙が快いものだけではないなんて、分かりきっていた。
なまえちゃんの顔を眺めながら頬を何度も撫でていると、その眉間に皺が寄って、まつ毛が震えた。ゆっくりとなまえちゃんの瞼から透き通った瞳が顔を出した。なまえちゃんはぼんやりとおれの顔を見つめている。なにも言わずになんの感情も見せないなまえちゃんに「おはよう」と声をかけた。
「昨日はごめんね。今日は……ていうかこれからは……おれがなまえちゃんのお世話してあげるから。覚えてる?そういう約束、昨日……」
なまえちゃんの眉間に再び深い皺が刻まれた。「……あ?」という可愛くない可愛い声が小さな口から発され、ぬっと伸びてきたなまえちゃんの指がぐにっとおれの頬を抓った。
「……なに、ビビってるのよ」
予想していたもののどれとも異なる反応に、つい笑みを浮かべるのも忘れて目を見開いてしまう。
「言質でもとったつもり?悪いけど、私が先輩の傍にいるのは、私の意思だから。『思い通り』なんて思わないでよね!」
つんと顔を上げて、おれの頬をむにむにと引っ張るなまえちゃんは、「それと、」と繋げた。
「世話なんていらない。先輩がいなくても私は生きられる。私は澄晴先輩の子どもじゃなくて、恋人だから」

なまえちゃんは本当に分かりやすい。笑えるくらいおれの思った通りに動いてくれる。そういうところが好きだ。
でも、たまにおれの予想なんか軽々と飛び越えてくる。そう、そんなところが、一番好き。

「お風呂入れてよ」
ころりと声色を変えて発せられたその言葉に、世話はいらないんじゃなかったっけ、という野暮な言葉を飲み込んで笑いかけた。
「……仰せのままに?」
可愛い恋人のお願いを、恋人として叶える前に、彼女の砂糖のように甘い唇に口付けた。



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