冗談にしても



風間さんとのファーストコンタクトは最悪なものだった。
防衛任務で一緒になった時に、早々に片腕片足を失ってしまった私は、自爆するつもりで敵に突っ込もうとしていた。そんな私に風間さんがかけた言葉は、「邪魔になるくらいならそのまま死ね」だった。私はあまりの言葉に固まっているうちにトリオン漏出により緊急脱出した。それ以来どうも風間さんに対して「怖い」という印象を拭いきれなかった。
私が浅はかだったことも、風間さんの判断が正しかったことも、風間さんに悪意がないことも、風間さんはA級3位隊の隊長で尊敬すべき人なのも、すべて分かっている。
それでも風間さんの傍にいると背筋が伸びるし、失敗できないという強迫観念に襲われてガチガチに緊張してしまう。
居酒屋の座敷を見つめながらそんなことを思う。今日は、同期で一番誕生日が遅い来馬くんが20歳になったということで、ボーダーの成人組で飲み会が開かれていた。任務で遅れた私が居酒屋に着いたときにはもう皆が揃っていて、空いている席は一つしかなかった。それが風間さんの隣だったのである。だからつい風間さんとの出会いを思い出してしまった。私が風間さんの隣に座ろうとすると、寺島さんに「その席はやめといたほうが……」とやんわりと止められた。
「え」
嫌な予感がしたので隣の二宮くんに救難信号を送るも、無視された。太刀川くんもヘラヘラ笑っているだけだ。なんと薄情なやつらだ。
「まあ席なんかすぐグチャグチャになるしいいだろ」
来馬くんに助けてもらう前に諏訪さんがそうまとめたので、乾杯をする。
まだ飲み慣れない最初の一杯をチビチビと飲んでいると、隣の風間さんはビールを一気に煽っていた。
「わぁ……風間さん、お強いんですね」
このまま風間さんに苦手意識を抱いたままなのもよくないと思い、自分からそう話しかけた。業務連絡以外ろくに話したこともないし、話してみたら意外と気が合うかもしれない。
「強くはない」
「そうなんですね」
「ビールは苦手か?」
「はい。まだ苦味に慣れなくて」
ほら、話してみたらなんてことない。会話も続くし、自分の中で風間さんへの苦手意識が少し薄くなった。それも三十分くらいのことだったけど。飲み始めて三十分くらい経つと、風間さんの顔が真っ赤に染まった。
「わ、大丈夫ですか?お水頼みますね」
そう声をかけると、風間さんにギロリと睨まれた。
「いらない」
「え、でも……」
「いいから食え」
そう差し出されたのは枝豆の殻だった。
「俺の枝豆が食えないのか」
ぐいぐいと頬に殻入れの皿を押し付けられ、周りにヘルプの視線を送るが皆それぞれ盛り上がっていて誰もこっちを見ていない。
目を合わせたらもっと絡まれると思った私はひたすら俯いて視線を合わせないようにしてお酒を飲んだ。気まずさと手持ち無沙汰ゆえにいつもよりペースが早くなり、いつの間にか一杯目を飲み干していた。杯を空けるとすぐに隣の風間さんに「飲め」と二杯目を差し出される。せっかく苦手意識を克服できそうだと思っていたのに、結局二倍くらいになってしまった。泣きそうになりながら風間さんに勧められるままに(婉曲)ハイペースに飲んでいると、頭がくらりと揺れた。視界がふわふわして、体が熱い。ああ、酔ってるなあと思うと気分も愉快になってきた。隣の風間さんを見ると、眠そうにうとうとしていて、母性本能がくすぐられる。
「風間さん、眠いんですか?」
「ん……」
可愛い!さっきまであれだけ怖かった風間さんがなんだか可愛く見える。
「風間さん酔うと幼くなるねぇ可愛いねぇ」
気持ちよくなった気分で私は風間さんの頭を撫でた。風間さんはされるがままになっている。風間さんはいよいよ眠そうに頭をかくりと落とした。
「眠いの〜♡はい、お膝どうぞ」
私が膝を差し出すと、風間さんは素直に私の膝に頭を乗せた。
「風邪引いたらいけないから上着掛けようねぇ」
脱いだコートを風間さんに掛けてあげる。風間さんは暑いのか、コートを嫌がった。
「も〜、ダメでしょ風間さん」
風間さんの顔を覗き込むと、風間さんは焦点の合わない瞳でぼんやりと私を見上げた。風間さんが手を伸ばし、私の髪の毛を掴んで引っ張った。
「あっこら髪の毛引っ張らないの!メッ」
風間さんの手を髪の毛から外し、悪さをしないように手を繋いでおく。
「私がお世話してあげますからね♡」
風間さんと目を合わせニッコリ笑うと、風間さんは気持ちよさそうに目を閉じた。

鳥の鳴き声で目を覚ますと、目の前に風間さんがいた。悪夢かと思った。夢じゃなかった。昨夜の記憶が一挙によみがえり、身体中の血が引いていくサーッという音が聞こえた。
昨日は飲み会の間じゅう風間さんに構って、お開きになったときも「連れて帰っちゃおうかな〜」なんて笑って酔い潰れた風間さんを結局家に連れてきてしまったのだ。なんで誰も止めてくれなかったんだ、と非難したい気持ちになったが、今するべきはそんなことじゃない。してしまったことは仕方がないのだから、風間さんの記憶がないことを祈って、とりあえずこの同衾状態から抜け出さなければならない。
ゆっくりと起き上がると、その動きで風間さんの眉間に皺が寄る。あ、と思った瞬間風間さんの目が開いて視線が合った。最悪の展開だ。私はとにかくベッドから下りて床に正座をした。
「さ、昨日は……誠に失礼なことをしてしまい…………あの、酔っていたとはいえ、風間さんを……持ち帰って、同衾してしまったことは、なんの申し開きもございません……」
ブルブルと全身の震えを抑えられない。深々と頭を下げると、風間さんが起き上がる音がした。目の前の床に風間さんの足が下りるのが見える。
「世話をしてくれるんじゃなかったのか」
え、と動きが固まる。それは確かに私が昨日言ったことで、でもまさかそんなことを言われるとは思っていなかったから困惑する。
「か、風間さん……も……冗談とか、言うんですね……?」
何が正解なのか何一つ分からなくて、恐る恐るそう言うと、風間さんと目が合った。
「冗談にしたいならそれでもいい」
「え」
今度は身体中の血が顔に集まっていくのを感じた。
「それ……って、どういう……」
「一緒に飯でもどうだ」
私はただ呆然としながら頷くしかなかった。



感想はこちらへ