インライは間に合わない



ランク戦をしようと、仮想戦場に入った。そうしたら、知らない部屋にいた。
「あ?」
治安の悪い声を出したのと同時に、背後の扉が開く音がしたので振り向くとそこには二宮がいた。
「うわ」
数秒目が合って、どちらからともなく視線を逸らす。大体事情は分かった。二宮が入ってきた扉の上にデカデカと「SEXしないと出られない部屋」と書かれていたからだ。
「これあれでしょ。こないだの変態エンジニアが作った仮想部屋事件」
聞けば二宮も自隊のトレーニングルームに入ろうとしていたところらしく、ここで最悪のマッチングが起こってしまったというわけだ。
「ねえ〜〜!バグはもう除去されたんじゃないの〜〜!?」
「うるさい。叫ぶな」
完全に無くすのは難しいんだろうと悟ったように言う二宮に、私は心の中でとっくに除隊処分となり今はもう一般人となった元凶のエンジニアを呪った。よりにもよって、なんで二宮!
「あ〜〜も〜〜やだやだ〜〜今日二十時から推しのインライあるのに〜〜携帯ロッカーに置いてきちゃったよ〜〜」
部屋のど真ん中にあるベッドに寝転がってじたばたと手足を暴れさせると、二宮が軽蔑したような顔で私を見た。一緒に入れられたのが私で悪かったですね!
私はむっつりと黙りこくると、天井を睨みつけた。そうすると一気に部屋の中が静かになり、なんだか気まずくなった。真っ白な壁紙を見ても何も暇は潰せないので、私は未練がましく開かない扉を見た。必然的に壁のムカつく文字も目に入って、その字をよくよくじっと見ると、左下の隅に「部屋から出ると部屋での記憶は失われます」と書かれていた。腹立つことこのうえない注意書きだが、私はこれ幸いと二宮に話しかけた。
「ねえ、したら出られるんならしたらよくない?」
部屋から出たら記憶消えるっぽいし〜と付け加えると、二宮は私を一瞥もせずに「断る」と言った。
「お互い戦場や訓練室に入るところだったなら俺たちの不在にもう気づいてるやつがいる」
「でもいつ助けが来るかなんて分かんないじゃん〜」
「トリガーの位置情報がある。一度は解消されたバグだ。救助に時間はかからない」
こいつめっちゃ理詰めで来る。普通に嫌がりすぎじゃない?こんなん普通の男だったら、たとえ相手が私だったとしても垂涎もののシチュエーションだろうに。……まぁ、それくらい二宮にとって私が「ナシ」なんだよな、という現実を受け止めて、私は寝返りをうって二宮に背を向けた。あーやだやだ。この状況を一瞬でも美味しいと思ってしまった自分が。ワンチャンあるかもなんて期待してしまった自分が。こんな機会でもないと一生二宮に抱かれることなんてないと思った自分が。
いや普通にしんどいが?
お互い無言のまま地獄のような時間を過ごし、しばらく経ってからエンジニアたちに救助された私たちは、エンジニアたちにお礼を言ってその背中を見送った。
「あーあ、インライ間に合わなかった」
そう呟くと、私はたいして動いてもないのに疲れきった体を引き摺って帰ろうとした。
「えっ」
最初に感じたのは痛みだった。腕を強く引っ張られ、人気のない倉庫に引きずり込まれる。壁に背中を押し付けられ、何がなにやら理解できないでいるうちに二宮の唇が私の唇に触れた。
「……はぁ!?」
ぎし、と体が固まる。穴が空くほど二宮の顔を見つめると、「うるさい」と顔を顰められた。
「意味が分からない!!」
なんで今!?さっきは何もしなかったのに!?そう喚くと二宮の手のひらで口を塞がれた。
「黙れ。誰に見られるかわからない状況でできるか馬鹿」
「……!?」
「記憶が消えるだと?ふざけるな。一秒でも忘れてたまるか」
吐き捨てるようにそう言った二宮は、「ホテルに行くぞ」とすました顔でとんでもないことを言った。
「なに!?」
混乱を極めた私がそう言うと、二宮は無駄に高い位置から私を見下ろした。
「おまえは部屋に一緒に入れられたのが俺じゃなくてもあの提案をしたのか?」
その言葉にぐうっと黙ってしまうと、二宮はフッと性根の悪さが滲む顔で笑った。
「……つまりはそういうことだ」
「な、ん……!!」
じわりと頬が赤くなっているのが分かる。あーやだやだ。私ばっかり翻弄されて。キッと二宮を睨むも、涼しい顔で見返されるだけだった。
「俺は据え膳を差し出されたから受け取るだけだ」
私の腕を掴んで倉庫を出る二宮に、私はもつれる足で懸命についていった。二宮の背中を見ながら、私は心の中で叫んだ。
こいつ私のことめっちゃ好きじゃん!!



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