二宮は甘やかすことにした



帰宅早々スーツも脱がずにソファに倒れ込む。皺になるなと思ったけれど立ち上がることは困難だった。やらなければならないことは山のようにあるのに、気力も体力も底をついている。今日はもうこのまま寝てしまいたい、と纏めていた髪の毛を解くと、もぞりと寝返りをうった。
その結果、ぱちり、とドアのあたりに立っている二宮くんと目が合って私は数秒フリーズした。慌ててがばりと起き上がると、私は二宮くんに笑いかけた。
「来てたんだ。ごめんね、気づかなくって……」
ああもう、最悪だ。二宮くんにこんなだらしないところを見られてしまった。数分前の怠惰な自分を恨む。二宮くんがこちらに近づいてきたのでちゃんとソファに座り直そうとしていると、頭に温かいものが乗った。
「寝てろ」
二宮くんは私の頭を撫でながら穏やかにそう言った。泣きたくはないのにじわりと視界が滲んで、私はそれを隠すようにぱたりと俯せに倒れ込んだ。
「また色んな人に迷惑かけちゃった……」
本当は洩らしたくなかった弱音が舌から滑り落ちる。
「そうか」
二宮くんは慰めるでもなく、ただずっと頭を撫でてくれていた。しばらくそうしていると、二宮くんが私の傍を離れていった。その行方をそっと横目で窺うと、二宮くんは引き出しからメイク落としシートを持ってきた。
「置き場所よく知ってたね」
驚きながら受け取ろうとすると、二宮くんに手を払われた。
「何回見てると思ってる」
二宮くんは私の肌にシートを押し付けた。
どうやら今日はとことん私を甘やかすことに決めたらしい二宮くんに、私はされるがまま化粧を落とされていた。私の顔のあらゆるところをシートで拭ったあと再び私の傍を離れた二宮くんは今度は私の部屋着を持って戻ってきた。嫌な予感に起きようとした私を二宮くんが制する。
「持ってきてくれてありがとう、自分で着る……!」
「暴れるな」
「暴れてない……!」
二宮くんは私のジャケットのボタンを外すと私の上半身を抱き起こして袖から腕を抜いた。ジャケットがするりとシャツの上を滑り、ソファの背もたれに掛けられた。取り付く島もなくぷつりぷつりとシャツのボタンを外されるころには私は諦めてされるがままになっていた。
「……なんか、お姫様になったみたい」
いやでも、お姫様は王子様に着替えさせられたりしないか……とぶつぶつ呟くと二宮くんに「おまえの発想はいつも突拍子がないな」と嫌味のようなただの感想を言われた。
シャツを体から引き剥がされ、代わりに手触りのいいトレーナーを頭から被らされる。腕を通すくらい自分でできるけど、二宮くんがなんだかやる気だったから大人しく着せられておく。
スカートもするりと脱がせられ、二宮くんがストッキングに手をかける。
「破れやすいからね、気をつけてね、優しくね」
「そのくらいわかってる」
不機嫌そうな二宮くんにふふふ……と肩を揺らしてしまう。二宮くんの手にふくらはぎを支えられ、するりと足がストッキングの締めつけから解放された。部屋着のズボンを履かせられ、すっかりオフモードになった私はいつの間にか気分が軽くなっているのに気づいた。私の脱いだスーツをハンガーに掛ける二宮くんの満足そうな顔に、二宮くんに聞こえないように笑う。私が着ていたシャツやストッキングを拾い上げる二宮くんに、完全に開き直って「ストッキングはネットに入れるんだよ〜」と寝転がったまま注文をつけると、また「わかってる」と言われた。その数秒後「これでいいか」と目の細かいネットを持って戻ってきた二宮くんに私はまた笑うと、二宮くんの太ももをポンポンと叩いて「合ってる」と言った。
「二宮くんは偉いね」
褒めたのに嫌そうな顔をされてしまった。洗濯物を洗濯かごに入れて戻ってきた二宮くんに、ちょいちょいと手招きをする。大人しく傍に寄ってきた二宮くんの背中に手を回すと、きゅうと抱きしめた。
「ありがと」
しばらく二宮くんの胸に顔を埋めると、私は二宮くんの名前を呼んだ。
「なんだ」
「化粧水と乳液塗って」
ついでにそうおねだりすると、二宮くんは僅かに口角を緩めて私を見下ろした。



感想はこちらへ