器用



お手本動画を見ながらヘアアレンジに挑戦する。お手本を見ていても手先が不器用な私はすぐに手をどう動かせばいいのか分からなくなって手が止まってしまう。そうしたらお手本はどんどん先に進んでいって、動画を一時停止するために片手を離したらどこまでやっていたか忘れて、という負のループをさっきから繰り返していた。
「もー……」
ため息を吐くと、「何をしてる」と声をかけられた。
「二宮くん!お疲れ」
にこ、と笑いかけると幼馴染の二宮くんは迷わず私の向かいの席に座った。
「任務までちょっと時間あるから、髪の毛結ぶ練習してたんだけど難しいの」
二宮くんにも画面が見えるように携帯を動かす。動画の中では細身の女性がすいすいと難なく髪の毛を纏めている。
「見てるだけだと簡単に見えるんだけど、いざやると難しいんだよねー……」
ずっと腕を上げていたから肩も二の腕もつらい。私がぐいっと伸びをしていると、二宮くんが立ち上がって私の隣に腰を下ろした。
「二宮くん?」
二宮くんの手が私の髪の毛をひと房掬う。二宮くんは器用に三つ編みを作り始めた。
「え……もしかして彼女いる……!?」
「なぜそうなる」
「彼女にいつもやってる……!?」
「今見ただろう」
「一回見ただけでできるの!?」
しかもこんなに綺麗に!?と私は衝撃を受けた。
「そういえば昔から手先は器用だったよねえ」
しみじみとそう言うと、二宮くんは「なまえが不器用なだけだ」と憎まれ口をたたいた。
三つ編みを作り、お団子を作り、あっという間に私の髪の毛を纏めてしまった二宮くんに、私はわあわあと歓声を上げることしかできなかった。
「すごい!綺麗!うれし〜!」
鏡を覗き込みながら右へ左へ首を捻って纏められた髪の毛を見ていると、鏡の中の二宮くんと目が合った。
「ありがとう!似合う?」
「俺がやったんだから当たり前だ」
「ふふ!」
私は笑ってもう一度二宮くんにお礼を言った。



玄関のドアを開けると、そこに立っていた二宮くんに私は泣きついた。
「に゛のみやくん〜〜来てくれてありがとお〜〜」
私は二宮くんを部屋の中に招くと、ローテーブルの前に座ってもらった。
「自分でも頑張ったんだけど全然できなくてえ〜〜でももう時間なくて〜〜」
泣きそうになりながらそう言うと、二宮くんは動画を見ながら「聞こえない」と眉を寄せた。黙って二宮くんがお手本動画を見るのを待つ。一通り目を通した二宮くんは、私の髪に指を滑らせ始めた。朝の光が射し込む室内で、静かな時間が過ぎる。他人に頭を触られるのってなんだか気持ちがいい。髪の毛がさらさらと擦れる音を聞きながら、私はそっと鏡越しに無表情の二宮くんを見つめた。
数分後、私が朝からあれだけ苦戦したヘアアレンジは、二宮くんの手によってお手本通り完璧に成し遂げられた。安堵で泣き出しそうになりながらも、せっかくのお化粧が落ちる、と思ってぐっと我慢した。
「二宮くんありがとお〜〜」
「これでいいのか」
「もう、もう!」
こくこくと私は何度も頷いた。
「あとはデート中崩れないことを祈るのみだよ〜〜」
崩れてしまったら私にはもうどうにもできないから、そう顔の前で手を合わせると二宮くんは「……デート?」と呟いた。
「あいや、デートっていうか、付き合ってるわけじゃないからただ遊びに行くだけなんだけど、私もそろそろ恋人作らないとなあって最近思って」
最近出会った男性と出かけるのだと言って、時計を確認した。そろそろ出発しないとまずい。ピアスをつけていると、「その男が好きなのか」と聞かれた。
「うーん、正直まだその人のことあんまり知らないから好きとは言えないけど……でもこれから知っていったら、好きなところを見つけられると思うから」
そうやって積極的に動かないと恋人なんてできないでしょ、と言って鏡を覗き込んだ。まあ二宮くんは積極的に動かなくても女の子が寄ってくるだろうけど……。
「本当にいきなり呼び出してごめんね。お礼は後日必ず!何でもするから──」
準備していた鞄の中身を確認しながらそう言うと、突然二宮くんの手が顎に添えられた。
「に、の……」
見慣れた二宮くんの顔が間近に迫って、私の顔に影が落ちた。唇に触れた柔らかい感覚に私は目を見開いた。
「……礼は必要ない」
わずか数センチの距離で二宮くんが囁く。
「な……」
「俺が素直に見送るとでも思ったか?」
二宮くんの指がするりと私の手の甲を撫で、私の指の間に絡められた。
「俺以外の奴に見せる気はない。だから礼はいらない」
二宮くんの色素の薄い瞳にじっと瞳を覗き込まれ、私はひっと悲鳴を上げた。
「お、落としにきてるじゃん……!」
「そうだが?」
私が堪えきれずに目を逸らすと、二宮くんは私の頬を撫でた。
「……断りの連絡は自分からした方がいいんじゃないか?」
うぐ、と言葉に詰まった私は、数秒の逡巡のあと携帯に手を伸ばした。



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