ありったけ



「は、な、れ、ろ〜〜」
二宮の顔を手で押し返す。二宮は舌打ちをすると、「押すな」と私を睨んだ。
「もう最大限離れてる」
「あんたの無駄にデカい図体のせいで苦しいの!!」
「空間が小さいんだから文句を言っても仕方ないだろう」
ぎゃあぎゃあと言い合いは止まらない。それはこの「セックスをしないと出られない箱」に閉じ込められているからに他ならない。
大人が二人で入るのにやっと、二宮は足を曲げなければ入れないくらいの大きさの箱に二人で閉じ込められている。
「ちょっと!足動かさないでよ!ここから出たら絶対セクハラで訴えてやるから!」
「おまえこそもう少し足を細くしておけ」
「はぁ〜〜!?マジでありえない!このデリカシーゼロ男!!サイッテー!!」
私の太ももの間に膝をついた二宮の太ももをバシッと叩く。二宮はこれみよがしにため息を吐くと、「おまえは喋ってないと死ぬのか?」と嫌味を言う。
「一緒に入れられたのが二宮じゃなかったらもっとしおらしくしてるわ!」
私は中指を立てるとべえ、と舌を出した。
こんな箱に入れられているが、私たちの気持ちは一致していた。
「だれが二宮なんかとヤるか!」
つまり、待ち一択。何かしらのバグが起きていることは確かなので、待っていたら救助が来るだろう、という見立てだ。
「ちょっと!手動かさないで!変態!」
私の脇の下に手を置いて体を支えている二宮の手が動き、私のあばらに触れる。
「いちいちうるさいやつだ……」
「いちいちイラつかせないで!」
あとどれくらいこうしていたらいいのか。もし何日も助けが来なかったら……という弱気を振り払ってあえて気丈に振る舞う。それでも最初は言い合いで騒がしかった空間も、時間の経過とともに無言の時間が増えていく。
どれほど時間が経ったのか、私の体には一つの兆しが訪れていた。……尿意だ。絶望的な気持ちに襲われる。今すぐに解決しなければならないほどではないが、あと一時間は絶対に我慢できないだろう、ということが感覚で分かる。
ああどうしよう、と考えていると、二宮の体が近づいてきた。
「……少し体を貸せ」
体に二宮の体重をかけられ、私は叫んだ。
「ギャーッ!!変態!レイプ魔!」
「っうるさい……こっちの身にもなれ」
私は仰向けに寝ている体勢なのでそこまで体の負担はないが、体を伸ばすこともできず、腕で体を支え、背中を丸めている二宮はだいぶキツそうだ。私に体を預け一時的に休憩をしている二宮。しかし私はそれどころじゃなかった。お腹が圧迫され、さらに尿意が増す。
「にっ……のみや……ちょっと……やめて……」
ソワソワと落ち着きのない私の様子に気づいたらしい二宮が、怪訝そうに「……どうした?」と訊いてくる。
どうしよう。二宮とこんなところでヤるなんて絶対やだ。でも漏らしたくもない。人間の尊厳を失うか、人間の尊厳を失うかの二択しか用意されてないなんてクソすぎる。
──ああもう!
「トイレ……行きたい……」
声が震える。二宮が目を見開いた。私は悔しさと恥ずかしさで溢れてきた涙を堪えながら、二宮のシャツを握り締めた。
「……だから……お願い……」
悔しい悔しい悔しい。じわりと滲む視界でキッと二宮を睨むと、二宮も感情の読めない目で私を見下ろしていた。そうしてしばらく見つめ合うと、二宮の手が私に伸ばされ、それと同時にいきなり空間に光が射した。
「大丈夫ですか!?」
眩しさに目を細めているとそんな声が聞こえてきて、何が何やら理解できないでいるうちに見慣れたボーダー基地の風景が周りに広がっていることに気づいた。
「たすかっ、た……」
どうやらエンジニアたちにより救助されたらしい、と理解し、ホッと息を吐くと同時に体を担ぎあげられた。
「ありがとうございます。失礼します」
それだけ言い残した二宮は私を肩に担いで早足で歩き出した。
…………お、犯される〜!
どうにか逃げられないかと考えていると、唐突に二宮の足が止まり廊下の途中に下ろされた。
「……は」
顔を上げるとそこはトイレの前で、私はポカンと二宮を見つめた。
「どうした、早く行ってこい」
ふつふつと頭に血が上ってくる。
「……しね!」
私は捨て台詞とともにトイレに飛び込んだ。
そうだ、二宮匡貴はこういう奴だった。私は二宮のこういうところが嫌いなんだった!
どうにか難を逃れ、鏡に映る火照った顔を睨みながら勢いよく水を出して手を洗う。
この屈辱をどうしてくれよう……と薄暗い気持ちでトイレから出た途端腕を引っ張られ、壁に追い込まれた。その犯人はもちろん二宮で、私は文句を言うこともできずに黙り込んでしまった。
「……で、抱いてやろうか?」
こいつの性根は腐りきっているんだなと分かるような勝ち誇った顔で二宮がそう言う。
「……はぁ!?」
「冗談だ。今後は排泄管理に気をつけろ」
「──」
そう言って歩き去っていく二宮の背中を見て、私はポケットの中からトリガーを取り出した。
「トリガー、起動」
トリオン体になると、トリオンキューブを手の中で四分割にする。
「──アステ……ロイド!!」
私は憎い背中にありったけの気持ちを込めて弾を飛ばした。



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