世界で一番



世界で一番怖いと思っている人間に、いつも通りの怖い表情で「好きだ。付き合え」と言われたときの私の心情は、驚愕や恐怖や不安で恐慌状態だった。一言で言えば絶望というのが近い。
冗談だとしか思えないけど二宮くんはこんな冗談を言うような人ではない、決して。こんな冗談を言える人だったら私はこんなに二宮くんに苦手意識をもっていない。
じゃあ本気?どうして?いつも私のことを下等生物を見るような目で見て完全に馬鹿にしているのに?上から目線の命令ばかりで小間使いのように扱っているのに?私は二宮くんが言うところの「才能のない人間」なのに?
そんなことをぐるぐる考えていたら、二宮くんが苛立ったように「返事」と圧をかけてきた。圧力鍋にかけられたお肉のようにプルプルと震えながら、私は口を開いた。あ、喉乾きすぎて声掠れた。
「わ……たしには、二宮くんはもったいないから……」
角を立てない断り方がこれしか思い浮かばなかった。私が勇気を振り絞ってそう答えたというのに、二宮くんは不愉快そうに顔を歪めた。
「……なんだその理屈は?」
「ひぃっ……」
膝ががくがくと笑う。怖い怖い。こちらを追い詰めるような圧は、何度体感してもやっぱり怖すぎる。
「わ、わわわ私鈍臭いから二宮くんの足を引っ張っちゃうし……」
二宮くんはまた馬鹿にしたようにため息を吐く。
「その論理は破綻している」
真っ直ぐ見つめられ、私のお腹はキリキリと痛んだ。この視線が怖い。私のすべてを見通して私の矮小な考えを読み取るみたいなこの視線が。ちなみに「鈍臭い」と「足を引っ張るな」は過去に二宮くんに言われた言葉だ。
「え……と、二宮くんも、いつも私にイラついてるし……付き合ったらもっとイライラさせちゃうだろうし……」
だから私としてはできるだけ接触を減らしたいと思ってるんだけど。二宮くんは私とは正反対にきっぱりと喋った。
「思考に飛躍があるが?」
全然許してくれない。私はどうにか角を立てずに直接的に断らずに終わらせたいのに全然解放してくれない。怖い。足の感覚が無くなってきた。
「うっ……」
とうとう追い詰められた私は泣いた。また二宮くんに怒られる。「すぐに泣くな」「よくそれで生きてこられたな」は過去に二宮くんに言われた言葉である。ボロボロと大粒の涙を流す私に、二宮くんは相変わらず冷たい視線を送っている。
「……泣いたら解決するとでも思ってるのか?」
「そっ……、そういうところが苦手なんですぅっ……!!」
ついに我慢ならずにそう言い返してしまった。ああ二宮くんに言い返してしまった。これから十倍の暴言で返されるだろうと、そう身構えていたのに。
「……なら俺はどうしたらいい」
返ってきたのは予想外の言葉だった。声の調子もどことなく大人しいような、少しだけ圧が弱まったような。
……な、なんなのこの人。本当に分からない。怖い。怖すぎる。
「態度を改める」
そう追撃され、私はつい尋ねた。
「……なんでそこまでするの……」
あの二宮くんが、私と付き合うために態度を改めるなんて。あの二宮くんが。
少しだけ緊張しながらそう聞いたら、二宮くんはいつものようにため息を吐いて馬鹿にしたように言った。
「短期記憶に難があるな。さっきも言ったばかりだが好きだからだ」
「そういう言い方です……」
ついまたそう言い返してしまい、私は慌てて俯いて自分の爪先を穴が空くほど見つめた。



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