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「B級中位ランク戦、マップの東側の地区ではみょうじ隊長が諏訪隊の笹森隊員と香取隊香取隊長、若村隊員に挟まれている状況です」
「みょうじ隊は隊員が一名体調不良により欠席なので現在の戦闘員はみょうじ隊長一人。落としやすい駒として狙われてしまっています」
「みょうじさんはトリオン量が多いのでシールドと弧月で攻撃を防いでいますが、このままでは時間の問題ですね」
三輪秀次はモニターに映るなまえの苦しそうな顔を見つめた。この人がこのまま終わるわけがない、というただの一個人としての自分の感想は、実況を任されている今は言うべきではない、と思いながら。
一方蔵内は実況席にだけ事前に配られた資料を目にして、自分が呼ばれたわけを悟った。この人は、冷静そうに見えてその実博打打ちなのだ──と思いながら。
なまえは攻撃の隙をついて、弧月を解除すると両防御で住宅地の細い路地に滑りこんだ。塀により一瞬その場の人間全員の視界から隠れ、シールドも解いたなまえは両手を広げ、細かく分割させたトリオンキューブを出現させた。
「……誘導弾!」
その言葉を聞いた三人が身構える。なまえは普段は炸裂弾を装備しているため、誘導弾を使うところを見るのは初めてだ。
「……誘導弾!?」
ギョッとうろたえた若村に向かって弧を描いた軌道が走っていく。背後から回り込むような動きに、隣の香取が若村の背中にシールドを張る。
気づいたら、体を貫かれていた。若村を狙うように動いていた誘導弾が、突然軌道を直角に折り曲げて香取の体を貫いていた。
『トリオン供給機関破損』
何が起こったか理解できないまま香取の緊急脱出を見送った若村は、ハッとなまえを探した。
『……うしろ!』
キンと響いた香取の内部通話音声に後ろを振り返るより先に、若村の体も変化弾により貫かれる。自身のトリオン体にヒビが入る音を聞きながら、当のなまえはどこかと目で探す。変化弾は笹森も狙うように動いていたが、香取たちの様子を見ていた笹森は冷静に変化弾を避けた。
その先になまえはいた。弧月を逆手で振りかざすと、そのまま真一文字に振り払う。笹森の首がぽろりと落ちるのを見届けたあと、若村は緊急脱出した。
「な、なんとみょうじ隊長一気に3ポイント獲得!!みょうじ隊長が変化弾を使っているのは初めて見ますが……!?」
「備えていましたね。一人体制での戦闘に慣れ、特殊な戦闘スタイルを築いている漆間隊とは違い、みょうじ隊は一人での戦闘に慣れていません。そのためには隠し玉が必要だったのでしょう」
彼女らしいやり方に三輪が頷く。
「し、しかし変化弾とは……。一朝一夕でできる芸当ではないと思いますが、これについて、蔵内隊員ご説明をお願いします」
「そうですね。変化弾は弾道の調整もあり、すぐに身につけられるものではありませんが、みょうじ隊長のあの弾道を見ると、みょうじ隊長は最初に誘導弾と見せかけるために弧を描くような軌道にきちんと弾道を『引いている』。と考えると、最初の『凌ぎ』の時間は弾道を引くためのものだったのでしょう。見事ですね」
「そ、それは可能なのでしょうか……!?」
「不可能ではないでしょう。みょうじ隊長は攻撃手に転向する前は射手でしたから」
蔵内の隣で三輪が頷く。三輪は数少ないなまえの射手時代を知っている人物だった。
「なんと……!!その話は初めて聞きました!!」
「俺自身も直接見たことはないですし、知っている人は少ないですが、昔のログに少し映像が残っています。ただその映像にも変化弾を使っている様子は残っていませんが」
「……などと話している間に、みょうじ隊長はバッグワームを装着し移動。北側の盤面に食い込む様子です!」
「やはり中近距離一人だと生存点を取るのは難しいですからね。生存点は捨ててできるだけ点を稼ぎたいのでしょう」
「みょうじ隊長は普段はそこまで好戦的な性格ではないように見えますが、やはり一人体制であることが要因でしょうか」
「……一人体制だから、というより、今日休んだ隊員に責任を追わせないためでしょうね」
あの人はそういう人だ、と東隊だった時代からなまえを知っている三輪はそう補足した。
「北側では諏訪隊長と堤隊員、柿崎隊が撃ち合いをしていますが……これは……!?みょうじ隊長、カメレオンを装備している!」
「とことん点を狙いにいくつもりですね」
三輪は勝負師の気質がある先輩に小さく笑った。
「しかし銃撃戦の戦局にカメレオンは相性が悪いのでは……!?」
「……そうですが、実際この状況ではできることも限られますからね。諏訪隊は笹森隊員から変化弾について聞いているでしょうし、先程のように綺麗に奇襲も決まりにくい。何より慣れない弾トリガーでは成功率も低い。狙うとしたら変化弾の情報を知らない柿崎隊ですが……みょうじ隊長が柿崎隊を狙うと今度は諏訪隊のショットガンが待っていますからね。奇襲をかけて諏訪隊長か堤隊員どちらかを先に落とすことができれば最善……と考えているのではないでしょうか」
「なかなかギャンブラーですね」と落ち着き払った微笑みで言う蔵内はモニターを注視した。
「みょうじ隊長、どこまで『隠し玉』を持ってるんだーッ!!おっとここで柿崎隊、巴隊員が分断されたか……」



「付け焼き刃でもなんとかなるもんだねえ」
自隊のオペレーターとハイタッチを交わし、ぼすんと椅子に座り込む。疲れた〜と机に突っ伏すと、労うように肩を叩かれた。
「なまえさんがここ数日こもりきりで変化弾の練習したおかげですね。3点取れたのは大きいですよ。次の試合で何もできずに落とされることさえなければ、中位は維持できるんじゃないですか?」
「他の部隊の結果にもよるけどね〜。コソ練付き合ってくれてありがと。とりあえず、お疲れ」
そう力の抜けた表情でなまえが微笑むと、突然作戦室のドアが遠慮なく開いた。ドアを開けたのはなまえと同学年でありA級1位隊隊長でもあり個人ランク1位でもある太刀川慶だった。
「さっきの構成で個人戦」
「あーっとごめん、もうトリガー構成元に戻しちゃった」
緊急脱出したなまえが真っ先にトリガーの構成を戻してほしいと言ったのはこのためか、とオペレーターは苦笑いする。太刀川は残念そうに唇を突き出した。
「うちの隊員に教わったんじゃないのか」
「それとこれに何の関係が?」
「俺は隊長だぞ。俺にも礼を受ける権利がある」
「戦闘以外では迷惑かけっぱなしのやつが何を」
同い年のくだけた会話は、またもや遠慮なく開いたドアに中断された。
「おい、なんだあのぬるい弾道は」
「きみたちはノックもできないの?」
二宮は部屋の中にいる太刀川を見て眉を顰めると、なまえに向き直った。
「ブースに入れ。俺が叩き直す」
「せめて叩き込んでよ〜」
なまえは再び「もうトリガー構成戻したから」と繰り返した。
「ていうかあんたたち揃いも揃って人のランク戦観ないでよ恥ずかしい」
二宮はなまえの言葉を無視し、質問を投げかけた。
「……射手には戻らないのか」
そこそこ優れたトリオン量を持った自分にとって最大の不幸は、同期に二宮匡貴と加古望がいたことだろう、となまえは思う。トリオン量が多いとそれだけで有利だという理由で勧められた射手。とりあえずなってみて、やっぱりトリオン量が多いと違うなんて持て囃されていたなまえの鼻をぽっきりと折ったのは目の前の二宮だった。ただ常人より少しトリオン量が多いというだけの自分は、トリオン量もセンスも才能も自分より上回っている二宮に手も足も出ずにボコボコにされ、ついでに加古にもボコボコにされ、自分の無力さを噛みしめた。そうしていると、これまた目の前の太刀川に「じゃあ攻撃手になれば」なんて適当にアドバイスされ、そのまますぐにランク戦ブースに放り込まれた。結局太刀川にも手も足も出ないほどボコボコにされたのだが、それでも射手よりは可能性を感じた。センスがなければ一定のラインを越えられない射手に比べて、攻撃手はやればやるほど自分の力になると思った。有難いことに、ランク戦ブースに行けば個人戦に付き合ってくれる戦闘狂はいくらでもいたし、自分のトリオン量をふまえたトリガーと戦術を考えれば、それなりのものになると思った。
……私にはこうやって一歩一歩着実に階段を上るほうが似合っている。
そう自分に言い聞かせて、なまえはあっさりと射手としてのキャリアを手放した。
「戻んないよ。変化弾は今回だけの秘策だもん。二回目が通じるほどの腕前じゃないってのは自分がよくわかってる」
「やる前から諦めるなよ」と熱血教師のようなことを言ってくる太刀川に「だから個人戦はしないって」と笑いかける。
「……おまえは、射手として十分やっていける」
珍しく二宮の口から他者を認める言葉が出たことに、なまえだけではなく太刀川も興味深そうに二宮を見た。
「俺が教えてやる。射手に戻ってこい」
通常弾のようにまっすぐ自分を貫く視線に、なまえは突然呵呵と笑いだした。あっはっはっは、と響く笑い声に、自分たちの会話を邪魔しないようにデスクで作業をしていたオペレーターが驚いて顔を上げたのが見えた。
「……二宮ってさ、ほんっと釣った獲物にエサあげないよね」
なまえは静かに笑うと、「それを、射手だったころに言ってくれてたら、違ったかもね」と呟いた。
「私は射手には戻らない」
きっぱりとそう言うなまえに、二宮は苦汁を舐めたかのように顔を歪めた。
「せいぜい逃がした魚は大きかったって後悔でもしてて?」



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