嫉妬あるいは憧れ



カツカツカツ、とパンプスのヒールを鳴らしながら風を切るように歩いていると、不思議なことにモーゼのように人波が私を避けていった。ということは今自分は相当な顔をしているのだろう、と頭の片隅で思いながらもそんなことに頓着せず、一つの作戦室の前で立ち止まるとノータイムでドアをノックした。ノックというよりは拳を叩きつけたというほうが適切な強さで。中から「入れ」と偉そうな声が聞こえてきて、それに眉間の皺を更に深くしながら部屋に入る。私は椅子に座っている部屋の主の傍まで一息で歩み寄ると、その顔を見下ろした。
「どうも修と千佳が世話になったようで」
険しい顔で二宮隊作戦室までやってきたのは、昨日修の口からポロリと二宮の名前が零れ落ちたからだった。二宮が鳩原さんのことを調べているのは知っていたが、まさか麟児と修の関係性まで嗅ぎつけていたとは思っていなかった。それだけならまだしも、遊真の言いぶりだと二宮はなかなかの圧迫面接をしてくれたらしい。この男のそういうところが嫌いだった。まだ中学生の男女にとるべき態度ではない。
「……お前にも話を聞こうと思っていた、なぜ黙っていた」
「なんのこと」
「雨取麟児のことだ」
「なぜあなたに関係が?」
あえてそう答えると、二宮は眉間に皺を寄せ、舌打ちをした。
「諸々の状況証拠、それから雨取と三雲の話じゃうちのバカを唆したのは雨取麟児だ」
ピクリ、と頬が引き攣る。自分の喉から自分でも驚くくらい低い声が出た。
「……唆す?」
「お前は何か知っているんじゃないのか」
「……あなた、麟児に責任転嫁したいだけでしょ」
二宮の質問に答えずに喧嘩腰でそう言うと、ピリッと空気が引き締まった。
「なんだと?」
「『鳩原は雨取麟児に唆された、だからアイツは悪くない、ひいては俺にも責任はない』って駄々こねてるようにしか見えない」
「……後半はともかく、前半は事実だろうが」
「確かに計画を立てたのは麟児かもね。でもそれに乗ってトリガーを引き渡したのは鳩原さんでしょ」
「弱みにつけこまれた、恫喝された、方法はいくらでも思いつく」
「あなた、鳩原さんの何を見てたのよ」
そう言うと二宮は勢いよく立ち上がった。今度は私が見下ろされる番になったが、私は自分より頭ひとつ分以上大きい二宮の圧にも負けずに睨み返した。
「鳩原さんは近界に行きたがってたでしょ。あなたのその態度が一番、彼女の気持ちを否定してるってことに、なんで気づかないのよ」
今まで抱えこんでいた思いが溢れて止まらない。感情的にそう吐き捨てると、二宮の顔がまるで悪魔のように険を孕んだ。
「そんなに気にするくらいなら、鳩原さんが消える前にもっとするべきことがあったでしょ?鳩原さんの気持ちを聞いてあげるとか、鳩原さんの遠征行きについて上層部にかけあうとか。それがあなたの果たすべき『隊長としての務め』だったんじゃないの」
「そのくらい俺だってしていた」
「それは鳩原さんもちゃんと分かってるの?悪いけど、結果も伴ってないのに分からないところで動いたってそれは何もしてないのと同じよ」
二宮の顔がいよいよ険しく歪む。いつもならあまりの迫力に圧されてしまっているところだけど、私はもう止められない言葉を吐き出すことしかできなかった。
「──あなたが鳩原さんを止められていたら、麟児だって近界に行かなかったのに」
……結局はすべて同族嫌悪で、責任転嫁をしているのは私の方なのだ。それが分かっているから私はこの男が嫌いなのだ。
二宮は少しだけ表情に驚きを乗せると、ポツリと呟いた。
「おまえも取り残されたことを根に持ってる人間だったか」
──ねえ麟児、なんで私になにも相談してくれなかったの?どうして鳩原さんだったの?ボーダーに所属しているだけじゃ、私はあなたの力になれなかった?
麟児がいなくなってからずっと感じている目眩の、一際大きいのが私を襲う。足に力が入らずふらりとよろけた体を二宮が支えた。私は二宮のジャケットを皺になるくらい握りしめて、「何も教えてもらえないのって」と呟いた。
「おまえは要らないって言われてるのと同じだよね」
二宮は何も言わない。そういうところが嫌いだ。何か気の利いたことの一つでも言えばいいのに。
「だいっきらい……二宮も、麟児も、鳩原さんも」
黒が滲むジャケットを、ドアをノックしたときと同じくらいの力でどんと殴った。

私は二宮が嫌いだ。
同じような境遇にいるのに、二宮は諦めることなく前を向いて歩みを止めないからだ。みっともなく過去に縋って他人を責めることしかできない自分を突きつけられるからだ。同族嫌悪が聞いて呆れる。
私は、二宮のことが心底嫌いで、そんな二宮に心底憧れている。



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