まな板の上の故意



ぱちん、ぱちん、と音が響く。
爪切りの刃が伸びた爪を断ち切る音だ。部屋の中にはその音だけが響いていた。大人しく爪を切られている私も、私の爪を無心に切っている鋼くんも、口を噤んでいた。
なぜ、鋼くんが私の爪を切っているのかというと、事の起こりは三ヶ月前に遡る。
初めて鋼くんとベッドを共にした私は、その翌朝悲鳴を上げることになる。鋼くんの背中に痛々しい引っ掻き傷ができていたからだ。もちろん犯人は私だ。鋼くんは笑って気にしなくていいと言ってくれたけど、それから私はいい雰囲気になると爪が気になってしまい、一旦流れを断ち切ってさらに爪も切り、鋼くんを待たせていた。もちろんその後の空気は少しぎこちない。
最初は待ってくれていた鋼くんだったけど、ある日いきなり、「爪を切っていいか」と言われた。頭に疑問符を浮かべながらうんと答えると、鋼くんは自分のではなく私の爪を切り始めた。さらに疑問符を浮かべたが、両手の爪が切られ、やすりで削られるころには、私はその意味を理解していた。

それ以来、鋼くんはエッチの前に私の爪を切ってくれる。

まな板の上の鯉は、こんな気持ちなのだろうか。今から自分を抱く男に爪を整えられる気分は、心臓に悪い。右手の小指から始まり、左手の小指の爪をやすりで整えると、鋼くんは満足気に「うん」と呟いた。
鋼くんが顔を上げ、じっと私の顔を見つめた。じわじわと顔が熱くなる。きっと今私は耳まで真っ赤になっていることだろう。
「いいか?」
爪を整えられるのを拒否しなかった時点で、私の意思なんて分かりきってるのに聞いてくれるのは、誠意なのか故意なのか。私が頷くと、鋼くんが今整えたばかりの私の手をとり、ベッドまで導いた。



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