瞳の中に焼き付いた



こいつらは馬鹿なのか?
頭の中の思考をそのまま言葉にしようと口を開いた瞬間、少量の笑いを含んだ声に遮られた。
「あ〜〜、でもさ、この教授秀取りやすいらしいよ」
その言葉を発した女と一瞬間目が合うが、すぐに彼女の視線はやる気のない他メンバーに移動した。
「もうちょっと頑張ったら余裕で秀もらえると思うよ」
その提案に対し、軽薄に笑う男は「べつに単位さえ落とさなければよくね?」と返す。
「うーん、でも、GPA上げたいんだよね、私。奨励金ほしいから」
その言葉に、二宮を含むすべての人間が彼女の顔を見つめた。
「あれ、知らない?一定のGPA超えると奨励金もらえるんだよ大学から。たしか10万くらい?」
情報出てたよ〜と笑う女に、色めきたったのは先程までやる気なく、高校生でももっとマシなものを作るだろうというレベルの妥協をしようとしていた男だった。
「10は結構デカイな……!バイト代何ヶ月分だよ」
その他のメンバーも即物的な報酬につられたらしく、各々が士気を高めてスライドや発表原稿に手を入れ始めた。

授業終わりに声をかけると、女はゆっくりと二宮を見た。
「……何か用?」
「さっきの奨励金の情報はどこに出ていた」
二宮は日頃から大学内の掲示板やホームページの情報をこまめにチェックしていたが、そんな情報まったくの初耳だった。自分が見逃していたのか、あるいは他に情報を手に入れられる場所があるのか。それが気になったので聞くと、女はケラケラと笑った。
「あれ、ウソ」
なぜそんな意味のない嘘を、と二宮の眉間に皺が寄る。女は「なんか言おうとしてたでしょ」と先程の授業中と同じ目で二宮を見た。
「最悪二宮ハブられるから大人しくしといたら?」
「……ガキか」
ため息を吐くと、女はまたころころと笑う。
「齋藤くんがね、木村ちゃんのこと狙ってんのよ。そんで木村ちゃんはずっとあんたのこと見てる」
そりゃ面白くないよね、と言う女を見返すと、軽く肩を叩かれた。
「まあ、適度に上手くやりなよ。二宮はハブられても関係ないかもしれないけど、たかが1クォーターだけの授業なんだからさ」
一年次の必修科目。全学部混合で割り振られた授業に、機械的に割り振られたグループ。そこであまりに意識の低いメンバーにキレかかっていた二宮だったが、この女はそれを見透かしていたらしい。よく見ている、と思った。
それ以降、グループのメンバーの中でもその女が目につくようになった。その女は二宮の体調が悪い日には二宮がそれを態度に表すことがなくてもそれとなく理由をつけて発表の司会を代わったり、齋藤と木村をうまいこと同じ役割にさせたり、黙りこみがちなメンバーにひっそり声をかけたりし、普段はわざと馬鹿の振りをしているのかと思うほど上手いこと円滑にグループを回している。オペレーターにでもなれば、もしかしたら化けるかもしれない、と思いながら、しかし二宮はその女と積極的に関わるつもりはなかった。四半期のこの授業が終われば、学部も違うこの女と会うことはもうない。

授業最終日、グループでの発表と担当教員からのフィードバックを終えると、二宮たちのグループは一言「おつかれ」と交わすとそそくさと解散した。中には打ち上げをしようと盛り上がるグループもあったが、二宮たちのグループはそこまで親交を深めていたわけではなかった。齋藤は個人的に木村を誘うかもしれないが。いつもなら授業が終わったらすぐに講義室を離れるのだが、その日は自分でも理由がわからないままゆっくりと帰り支度をした。すると、いつの間にかグループのメンバーで残っているのは二宮とその女だけになっていた。
「あのさあ」
声をかけられたので女のほうを見ると、へらりと笑っている。
「どうせ最後だし二宮そういうの気にしないだろうからダメもとで言うんだけど」
女らしくないもったいぶった前置きに二宮が視線で続きを促す。
「私二宮の顔めっちゃ好きなんだよね」
照れるでもなく、むしろ真っ直ぐと二宮の顔を見つめて、再確認するように頷く。
「だから嫌じゃなかったら、付き合わない?」
彼女にとってはその答えがどちらでも、そんなに変わりはないのだろうと思うと少し癪にさわって、二宮は「わかった」と頷いた。
「付き合ってやる」
「…………え゛。マジ?」
「おまえが言ったんだろうが」
女は不可解そうに眉を顰めると、首を傾げながら「頭いい人の考えることはわからんね」と呟いた。
「……あー、連絡先、教えて?」
二宮がポケットの携帯端末に手を伸ばすと、女はふと呟いた。
「てか私の名前知ってる?」
馬鹿にしているのか、と眉を寄せた二宮は、女の名前を呟いた。
「みょうじなまえ」
女は一瞬意外そうに目を開いて、その後ふっと笑った。
「──うん。合ってる」
その時の彼女の微笑みがなぜか網膜に焼き付いて、二宮は顔を顰めた。



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