鳩が豆鉄砲



「荒船の隣も〜らい!」
 本部基地の屋上に陣取り、来たる侵攻に備える。俺の横にニコニコと腰を下ろしたみょうじは、「荒船の隣だったら命中率絶対上がる」と意気込んでいる。
「そんなご利益ねえよ」
「隣にイケメンがいるだけで私の士気が上がるの」
 「ファンサくださ〜い」とヘラヘラ笑っているみょうじにため息を吐いて無視をする。どうせこいつにはこれすら「ファンサ」になるのだ。きゃあきゃあとやかましかったみょうじも、敵の姿が見えると的確に関節や頭を撃ち抜く狙撃手になる。ある程度敵のトリオン兵を押し返したところで、みょうじがふっとスコープを覗きながら東側の地区を確認した。
「っ……!」
 やにわに立ち上がったみょうじは、「ここ、お願い」と言い残すと次の瞬間にはグラスホッパーを使って空を跳ね始めていた。
『おい』
 内部通話で声をかけると、『子どもがいる』と簡潔な、焦ったような声が返ってくる。
「狙撃手が前に出てどうすんだ……」
 ため息をついた俺は穂刈や半崎に声をかけるとみょうじの後を追った。グラスホッパーを使うみょうじに、全力疾走でじわじわと距離を詰める。みょうじの目指す先には一体のバムスター、そしてその先には一人の男性がいた。「子ども」という話ではなかったか、と思ったが、よく見るとその背に庇われるように子どもが蹲っている。
「こんッの……バカやろおっ!」
 男をほとんど殴るように突き飛ばしたみょうじは、さらに庇うようにバムスターの前に立つ。俺は弧月を抜くと、バムスターの口の中の目を狙った。
 バムスターを始末すると、みょうじの怒声が路地に響いた。
「何考えてんの!? 何考えてんの!? 死にたいの!?!?」
 怒鳴られた男性は優しく笑うと「子どもが見えたから」と言った。
「だからって……!!」
「おい」
 みょうじの肩を掴むと、ビクッと震えたあと大きく深呼吸したみょうじが、言葉を飲みこむように俯いた。
「……そこまで送る」
「なまえ、ありがとう」
 男性は微笑んでみょうじにそう言った。
 「仕事だから」と素っ気なく言ったみょうじの耳は赤くなっていた。
 二人を警戒区域外まで送り届け、定位置に戻る途中、みょうじが小さく謝るのが聞こえた。
「冷静じゃなかった、迷惑かけた。荒船が来てくれて助かった。ありがとう。ごめん」
「……別に」
 いつもとは全く違う様子のみょうじにそれだけしか言うことができなかった。

「みょうじ〜」
 ほぼ被害らしい被害もなく侵攻を凌いだ後、ぼーっとしているみょうじを放ってもおけずラウンジまで共に来た。すると国近が「聞いたよ」と寄ってきた。
「大変だったんだって?」
 国近が口にした名前は、恐らく先程保護した男性のものだろう。
「くにちか〜……」
 みょうじは国近に抱きつくと、「ほんとありえないんだよ」と呟いた。
「あいつ、私には危ないからってボーダーやめろやめろ言うくせに……自分は子どもを庇うために平気で警戒区域に……」
「うんうん、こわかったねえ〜。大好きだもんね〜みょうじは」
「好きじゃないっ!」
 国近を遮るように大きな声を出したみょうじの頬は赤く染まっている。目に涙は浮かんでいるが、少しは気分が落ち着いてきたらしい。
「ええ〜? 仲良しじゃん〜」
 国近もみょうじの気分を上向けるためか、からかうようにそう言ってみょうじの背中を撫でている。
「荒船も、本当にありがとね」
 照れたようなみょうじの表情は、初めて見る。それは俺にいつも「好き」だとか「推せる」だとか言う時のそれとは全く違う。
「……なるほどな」
「え、なに? 文脈」
「いや、こっちの話」
 自覚した気持ちにため息を吐きながら、俺はキャップの鍔に触れた。
 「今日一緒に帰ろ〜」とみょうじに言う国近に、「いや、俺が送る」と言うと、国近は一瞬目を見開いてその後にやにやと笑った。
「ほうほう」
「えっ、もう大丈夫だよ、そんな心配しなくて……」
「いや、心配はしてねえ」
「してよ!!」
「どっちだよ」
「わたしやっぱまだ今日の報告書まとめてなかったんだった〜。あ、荒船くん〜あと少しで追試の時期だね〜?」
 俺は追試など一つも受けないが、その期間はきっと国近の勉強に付き合わされるのだろう。ついでに当真あたりもくっついてくるかもしれない。俺は「行くぞ」とみょうじの腕を掴むとその場を後にした。

 もう気分は快復したのかいつものようにぎゃあぎゃあとうるさいみょうじに、「なあ」と声をかける。
「今日のこと聞いていいか?」
「えっ……うん」
 「あれ、彼氏か」と呟くと、みょうじは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「やだ、やめてよ! あれお兄ちゃんだよ!」
 そういえば、何度か兄貴がいるという話は聞いたことがあったし、顔立ちを思い出すと似ていると言えなくもない。つまりは冷静になればすぐに答えに行きついただろうに、それにも気づかない程度に自分は動揺していたらしいということに気づき、失笑する。
「……なるほど」
「も〜ありえないよね!? スコープ覗いて身内が警戒区域にいるのを発見したときの気持ちなんか知りたくなかったよ〜」
 荒船にも本当に迷惑かけて……と続くお喋りを遮る。
「じゃあ好きなやつは?」
「え……」
 みょうじはぼんやりと俺の顔を見て、じわじわと頬を赤らめた。
「な、なになに……荒船が恋バナ、とか」
 いつもと打って変わってぼそぼそと喋るみょうじに、意外とこういう話の時はうるさくないんだな、と思った。
「いるのか、いねえのか」
 みょうじは泣きそうな顔でスカートを握りしめて俯いた。その様子に腹の奥がざわつく。
 ふと、みょうじが大人しい理由の一つに行きつく。それは、「こういう話」だからじゃなくて、「相手が俺」だからではないかと。
「な、なんで、急に、そんな……」
 すっかり大人しくなってしまったみょうじの手にそっと触れる。
「……『推し』は『恋人』にはならねえか?」
 目を見開いて俺の顔をまじまじと見たみょうじはそのままフリーズしてしまった。
「か、顔が良すぎる……」
 しばらく待ってからやっとみょうじが呟いた言葉に呆れて軽く頭を小突いた。
「で、いいか」
「な、にが……」
「付き合うってことで」
「ひぇ」
 そしてまたフリーズしたみょうじに、どこか苛立ちにも似た気持ちが湧いてくる。
 こいつの、こういうところは、可愛いなと思いながら、つないだ手に力を入れた。



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