正義のヒロイン
- ふらりと揺れた体を手で支えた。
「先生、那須さんを保健室に連れて行ってきます」
青い顔の玲に肩を貸して、授業中の静かな廊下を二人で歩いた。まるで世界から二人だけ取り残されたような、この時間が嫌いじゃなかった。
「大丈夫?」
「うん、いつもごめんね……」
気にしなくていいのに、と思う。私は授業中でもこうやって玲に付き添えるようにわざわざ保健委員に立候補したのだし、席替えのたびに率先して玲の隣に替わってもらっているのだから。
初めて玲を見たとき、綺麗だと思った。
陽に当たって輝く髪の毛も、透き通るような白い肌も、硝子玉のような瞳も。
どうしても友達になりたくて、気づくと話しかけていた。それ以来、私は玲の世話係のような位置に甘んじている。
▽
帰り道、本屋に寄りたくていつもの通学路とは違う道を歩いていると、喧騒を破るように耳障りなサイレンが鳴り響いた。なんでこんな街中に、と思いつつ慌てて避難所に向かって走っていると、道端で泣いている子どもを見つけた。辺りを見回しても近くに保護者の姿は見えない。玲によく似た、色素の薄い放っておいたら消えちゃいそうな子。捨ておけず、私は子どもに駆け寄って、背中を撫でた。
「大丈夫大丈夫。お姉ちゃんと逃げようか」
子どもを抱きかかえて歩き出す。本当は走りたいけど、そんな体力はなかった。むしろ、子どもを抱えて避難所までたどり着くほどの体力があるかも疑問だった。ずしりと腕にかかる命の重みを感じ、自分の運動不足を呪いながら、それでも立ち止まるわけにはいかないので、一歩一歩歩を進める。そうしていると、何の前触れもなく、唐突に、背後の家屋が崩れて大型の近界民がぬっと現れた。
「それ」と目が合うと、体が動かなくなった。最期の瞬間は、もっと慌てたり泣いたりするものだと思っていたが、私はどこか冷静にあっけないもんだなと思っていた。せめてこの子だけでも助からないかな。ああ、誰か、正義のヒーローが、やって来てくれたら……
「変化弾」
凛と湖面を打つように辺りに響く声。直後、近界民の体を光る線がいくつも貫いた。死の重圧からどっと解放され、その場にへなへなと座り込むと、目の前に、私たちを背で庇うように立ち塞がる姿が見えた。
「許さないわ、この子を傷付けるなんて」
少し怒りの滲む声を初めて聞いた。いや、それを言うならこんなに元気そうな声も。
玲がボーダーに所属していることは知っていたけど、まさか戦闘員としてとは思ってもいなかった。不思議なことに、玲はいつもの病弱さが嘘のように近界民と戦っていた。
近界民を倒し振り向いた玲に、色々と聞きたいことはあったのだけど。
「……大丈夫?」
まだ混乱しているのか、出てきたのはそんな言葉だった。助けられた人間が助けてくれた人に向ける言葉ではない。逆だ。
でも、玲が力強く頷いたから、私の体には力が戻ってきた。
「玲、……がんばれ!」
そんな精一杯の拙い祈りを、大切な友人へと送る。
「がんばれ……負けるな!」
それは無責任な応援だったかもしれない。それでも頷いて走り去っていった玲の背を少しの間見つめ、私も背を向けて一歩を踏み出した。
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