ショコラショー・タイム



 私はオペレーターだ。運動は苦手で、計算や並行処理は得意だった。だから、オペレーターになった。自分が出来るやつだなんて思っていなかった。でも、オペレーターになってから、悔しいと思ったことはなかった。一口に言ってしまえばそれは「油断」だった。
 大規模侵攻で、自隊のエースでもある隊長が、新型トリオン兵によって捕獲された。新型の情報がインカムから流れてきたのはその直後で、私は呆然としながらも他の隊員に撤退を指示した。
 隊長、は。どうなってしまったのだろう。情報によると、捕獲された人間はキューブにされたという。それ、は。何を意味するのだろう。考えたくない一言が頭を埋め尽くす。だから……
「あっ……」
 逃げていた他の隊員たちの背に新型が追いすがる。私が何かを言う前に(その状況を覆すようなことを言えたとは思えないけど)他の隊員たちも捕獲されてしまった。
「どうし、よ、どうしよ……」
 そんな場合ではないのに呟くことしかできなかった。目がうろうろと泳ぐ。管制室に報告。救援。隊長、を。隊員たち、を。取り戻さなければ。
 私はオペレーターだ。できることなら今すぐ飛び出していって、私がチームメイトを取り戻したい。でも、そんなことはできない。自分まで捕まるのがオチだ。私はオペレーターだから。
 すがるように見つめた、地図を表示した画面に、ぽつりぽつりと味方を示すピンが刺さっている。頭で考えるより先に一番近くにいる隊員のピンを選択すると、私は一瞬の間のあと、なりふり構わずに内部通話を繋げていた。
「生駒隊長……!」
「ん? 誰やろ。どしたん?」
 私は所属と名前を早口で告げると、自隊の隊員たちが全員新型のトリオン兵に捕まってしまったことを説明した。
「たすけて……ください……」
 ほとんど泣くようにそうすがる。生駒隊長の落ち着いた声が耳を打った。
「生駒了解。新型の位置送ってくれる?」
「はい……!」
 一番近く、と言っても、数十メートルは離れている。だから、一番近くにいる隊員が攻撃手で一瞬落ち込んだ、けど。彼なら。生駒隊長なら。その、居合道で磨かれた技術で。
「──旋空、弧月」
 敵をたたっ斬ってくれる。

「水上くん」
 同じ学校に通っている同級生といっても、ほとんど話したことのない水上くんに声をかけると、彼はぼーっとした顔で用件を聞いた。
「あの……生駒さんの、ことなんだけど……」
 そう切り出すと、水上くんは「イコさん?」と不意を突かれたような声を出した。
「生駒さんって、何が好きかな」
「イコさんの好きなもん? あー……なんやっけ、こないだ食堂のカレーが美味いとか言ってた気ぃするけど、興味なかったからあんま聞いてへんかったわ」
 カレー、カレーか。確かに美味しいけど、贈り物には適さない。
「えっと、じゃあ、甘いものとか好きかな?」
「普通ちゃう。特に避けたりはしてへんから」
 バレンタイン近うなるとしきりにチョコ食べたい言い出すし、という言葉を胸に留めておく。お礼を言うと、「こないだの侵攻の話か」と聞かれた。さすが水上くん、察しがいい。
「うん、そう。助けてもらったから、お礼をしたくて」
「……それ、いつ渡す?」
「えっ……うーん、これからいい感じのお菓子探しに行こうと思ってるから、いいのが見つかったら明日、とか……?」
 あ、明日って生駒さんボーダー来るかな、と心配になって呟くと、水上くんがたぶんおるよと教えてくれた。
「じゃあ俺は明日は作戦室には近づかんようにしよ。あの人女子からプレゼントなんかもらったら2万回は自慢するで」
「え、私みたいなほとんど関わりないやつからもらっても……?」
「女子ならなんでもええねん」
 その言葉に半信半疑で頷いたが、それは誇張ではなかったというのはすぐ分かった。
 季節は違うが、水上くんからチョコの話を聞いたので、チョコレートの詰め合わせを買って廊下でばったり会った生駒さんを呼び止めて渡した。深々と頭を下げて改めてお礼を伝えると、生駒さんは険しい顔をして固まった。
「俺ニ……?」
 なぜかカタコトの生駒さんに頷くと、生駒さんはハッと辺りを見回しはじめた。
「もしかしてフラッシュモブ……?」
 たぶん生駒さんはフラッシュモブとドッキリを混同している。小包をじっくり見回した生駒さんは、顔を上げると「ちょっと写真撮ってもらってええ?」と言った。
 なんの写真なのか、自分が渡したプレゼントを渡した相手が胸の前に掲げている写真を撮ることになった。無表情で撮ったばかりの写真を見つめる生駒さんに、おずおずと話しかける。
「あの、あの時、本当に動転してて、私のせいでみんなが捕まっちゃって、それで藁にもすがる気持ちで生駒隊長にいきなり通話をしちゃったんです。だから、本当に感謝しています。きっと私だけ、だったら、みんなを守れなかったから……」
 後悔を噛みしめながらそう言って、もう一度頭を下げる。生駒隊長への感謝というよりは、自分自身への戒めの籠ったお辞儀だった。
「いや、隊長らを守ったのはみょうじちゃんやで」
 慰めとか同情とか、そんな感情が欠片も籠っていない、ただ事実を言い立てているような口調で生駒さんは言った。
「よう気張ったなあ。お陰で俺も新型とやれたし。でもあれ、ホンマ硬かったなあ。見てた? 一発で斬れたらかっこよかってんけど、結局何回も旋空放つ羽目になったし、最終的に水上や隠岐にも手伝ってもらったし、あんまかっこつかんかったなあ」
 真面目くさった顔と声でそんなことを言うから、私はふふっと笑ってしまった。
「……あの時、あそこに居たのが生駒さんで、本当に良かったです。ありがとうございました」
 心のしこりが解されたような気持ちでそう言って、会釈をしてからその場を後にした。
 生駒さんに呼び止められたのは、その三日後だった。

 「これ」と差し出された包みを受け取って、まじまじと見つめる。可愛らしいファンシーなネコのラッピングが施された焼き菓子に、「これは……?」と呟く。
「こないだチョコくれたやん? そのお返し」
「えっ!!」
 私はびっくりして生駒さんの顔を見つめた。
「いえ、あれは、この前助けていただいたお礼なので……! お返しなんていただけません……!」
「でもこの菓子を食べたらあかん顔しとるやろ、俺は。せやから良かったらもらってほしいんやけど……」
 生駒さんが大真面目にそんなことを言うから笑ってしまって、私は慌てて「すみません」と謝った。
「……ありがとうございます。すごく可愛いです。ガトーショコラも、好きです。大事に食べます」
 あまり固辞するのもと思って、そう言ってぺこりと頭を下げる。
 ……のちに水上くんから聞いた話によると、水上くんはこのお返しの選定に付き合わされたらしく、「俺を挟んでイチャつくな」と文句を言われた。

 そこから、ほとんど意地というか、お遊びみたいなお礼の応酬が始まった。そんなに高価なものではない、数百円で買えるものを、「お返しのお返し」「お返しのお返しのお返し」と称してやり取りする。生駒さんに喜んでほしくてお礼の品を考えている時間は楽しかったし、生駒さんは次はどんなものをくれるのかと考えるのも楽しかった。そうして、気づいた時には私は日常生活のふとした瞬間にも生駒さんのことを考えるようになっていたのである。
 こんなの、もう立派な恋だ。そう気づいても、告白なんてできるわけがない。だからといって気持ちをきっぱり諦めることもできず、私は最近生駒さん繋がりでよく話すようになった水上くんに、ついぽろりと本音を零してしまった。
「生駒さんってモテるのかな……」
「は?」
「あ、いや、モテるに決まってるよね……!! 生駒さんって面白いしかっこいいし実力者だし……」
 頬に手を当てて赤くなった顔を隠そうとしていると、水上くんはものすごくげんなりした顔で大きめのため息を吐いた。
「……どうでもええけど、俺を巻き込むのやめてくれん?」
「だ……だって水上くんにしかこんな話できないし……」
「そう言われてその話を二倍聞かされる身にもなってくれ……」
 二倍? と首を傾げると、水上くんは「ええから、俺を仲介すな。直接言え、直接」とぞんざいに言った。そんなことできるはずがないのに、水上くんは薄情だ。



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