遊星からの女X



 小学三年生の夏だった。
 弟ばかりを優先させる親と喧嘩したオレは、学校の裏山に登っていた。おそらく、親に心配してほしいという思いと、子どもながらに「大人に見つかったら連れ戻されて怒られる」という計算と、もう自分は子どもではないという証明のために、人気のない山を行き先に選んだのだと思う。以前父親が裏山から見る街の景色は綺麗だと教えてくれたのを覚えていて、それを自分一人の目で見ることができたら、大人の証明ができるような気がしていたのだ。
 実に子どもらしい発想と、子どもならではの無尽蔵な体力で裏山を登っていたオレは、そこで不審な音を聞いた。ザク、ザクと土を掘り起こす音だった。耳を澄まして音の出処を突き止め、木陰からそっと覗くと、そこには一心不乱に土を掘る女の人がいた。刑事ドラマで見た犯人みたいだと思った。
 子どもながらに「見つかってはいけない」と直感したオレは、そっと後退りをした。しかしベタなことに、木の枝を踏んで音を立ててしまう。手を止めた女は「だれ」と固い声で誰何した。
 目を凝らしてオレのことを見つけた女は、目を丸くした。
「……どうしたの?」
「……っ、してるの、なに」
 それは狙ったわけではなく、単純に緊張で喉がカラカラになって、頭も働かなくて、語順がひっくり返ってしまったのだったが、女の人はケラケラと笑った。
「なんで倒置法?」
「とうち……?」
「今みたいに、言葉の順番を入れ替えることだよ」
 思っていたより怖くない様子の女の人に、少しだけ心を許したオレは、「なに探してるの」と聞いた。「何かを探している」と判断したのは、彼女の周りに、「埋めるような何か」が見当たらなかったからだった。
「うーん……君、口堅い?」
「……やわらかい、と思う」
 自分の唇を触りながらそう言うと、「ちがうちがう」とまた女の人は笑った。
「私の秘密、誰にも言わない?」
 その時、月にかかっていた雲が晴れ、女の人の微笑みを月光が照らした。その顔はぞっとするほど綺麗だった。圧倒され、思わず頷いたオレに、その人は頷き返した。
「私、宇宙人なの」
 声を潜めてそんなことを言われて、オレはぽかんと口を開けた。
「……うそだ。宇宙人なんていないよ」
「いるよ? 知らないの?」
「いないよ」
「そんなこと言ったって、君が今いるここだって、UFOの一部なんだよ」
「えっ」
 ぎょっとして足元を見ると、女の人は噴き出した。
「だから私、自分の星に帰りたいからUFOを掘り起こしてるんだ」
「……大変、すごく」
 にわかには信じられない話に、またもおかしな喋り方をしてしまうと、女の人がまた楽しそうに笑い転げた。今度はなぜ笑われているのか分かったオレは「倒置法」と呟いた。
「うん、そうだよ。君は賢いね」
 女の人は地面にスコップを突き刺すと、木に背中を預けて座った。
「ちょっと休憩。君はどうする?」
「……ここにいていい?」
「好きにしなよ」
 オレは恐る恐る女の人の近くに腰を下ろした。その人は、オレがなぜここにいるのか、ここで何をしているのかを何も聞かなかった。
「今日は曇りだから暗くて骨が折れた」
「折れたの?……骨」
「たとえだよ」
「掘るの? いつまで?」
「星に還れるまで」
「手伝う。オレも」
「ねえ、さっきから倒置法で喋るのやめてよ」
 またお腹を抱えて笑う彼女に気を良くしたオレは、にやりと笑った。
 しかし彼女は一向に穴掘りの再開をせず、たまにぽつぽつ大したことない話をするだけだった。いつもならとっくに寝ている時間に、山登りまでして疲れていたオレは、それを聞いているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。
 気づくと翌朝、オレは裏山のふもとの神社の境内で寝ていた。近所の住民に起こされ、迎えに来た親にどこで何をしていたのかと聞かれたので、オレはこう答えた。
「UFOの中で会った。宇宙人に」
 彼女は無事に星に帰れたのだろうか。もうこの星にはいないのだろうか。あの日からずっとオレは、あの宇宙人ともう一度会いたいと思っている。だから、こんな喋り方をしていれば、彼女がまた見つけ出してくれるのではないかと。そんな馬鹿げた空想をしてしまうのだ。



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