薬を喰らわば
- 料理が好きだ。人に食べてもらうのが好きだ。
私がご飯を作って食べさせると、来馬先輩はいつも「ありがとう」と優しく笑って、私のご飯の美味しいところを伝えてくれる。
そのたびに私は満たされた気持ちになる。
思うに、私は料理をするのが好きなのではなく、人のために料理をしている自分のことが好きなのだ。
そんな自己肯定感の満たし方をしていた私にとって、突然現れた今結花の存在は青天の霹靂以外の何ものでもなかった。千葉からスカウトされてきた彼女は、私より料理のスキルもオペレーターとしての素質も学業も勝っていた。そのうえ、彼女は私と違って、「好きな人に料理をし、喜んでもらう」ことを喜びとしているらしかった。
笑えるくらい完敗だった。だから、私は今結花のことが嫌いだった。
私より後から来たくせにとか、役目を奪われたとか、そういうことを考えるたびに、目の前にいる鈴鳴第1隊のメンバーはきっとこんなこと思いつきもしないんだろうなと思って、自分の醜さに嫌気がさした。そして私はぱったりと料理をしなくなった。たまに来馬先輩が「もう作らないの?」と聞いてくれるけど、私は「今さんのほうが上手ですし」と醜い気持ちを隠して笑った。そしてまた自己嫌悪に蝕まれる。
あーあ、今結花、どこか他の支部に行ってくれないかな。それはないか。あれだけ有能な人材だし。むしろ出ていくべきは私のほうだ。結構真剣に、転属願を出そうかなと思っていたところだった。
今結花に名前を呼ばれて、テーブルに座らされる。そこには湯気の立つスープ皿が乗っていた。
「良かったら、食べてください」
綺麗な、でも親しみやすい微笑みとともにそう言われて、私は「えっと……」と口ごもった。
「私はいいよ。来馬先輩たちに食べてもらったら?」
さっと目を逸らしながらそう言うと、今結花は「来馬先輩たちのぶんはもう分けてます」と返してくる。
「私はあなたに食べてほしいんです」
「……はあっ!?」
つい大きな声を出してしまった私に、今結花がびっくりしたような顔をした。その髪の毛のように真っ直ぐで、生まれてから一度も後ろめたいことなんかしたことありませんって顔で、私を見つめてくる。
「美味そうな匂い……あれっ、なんか顔真っ赤じゃないですか? 風邪ですか?」
いつものように太一が空気を読まずにそんなことを言ってくる。自分の顔を確認したくて慌ててスープを覗き込んだけど、真っ赤なミネストローネは透明度が低く何一つ反射してくれない。
馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。この子たちは本当に、馬鹿がつくほど善人で真っ直ぐでお人好しで、それに触れるたびに自分のことが嫌いになる。
「わ……私なんかが食べていいものじゃない……」
そう言うと、今結花は困ったように笑って、「ご飯を食べるのに人間は関係ありませんよ」と言った。
「お口に合わないかもしれませんけど、私はあなたが喜んでくれたらそれが一番嬉しいです」
今結花め。どこまで私のことを惨めにさせたら気が済むのだ。
嫌いだ。やっぱり今結花なんか嫌いだ、嫌いだ。
言い聞かせるように何度もそう呟きながら、震える手でスプーンを掴む。ひとさじ掬ったミネストローネを口に運ぶと、今結花が嬉しそうに笑った。
「……あまい」
「喜んでもらえたみたいでよかったです」
すべてお見通しって顔で私を見つめてくる今結花に、開き直った私はもう一度スプーンいっぱいにミネストローネを掬うと、ぱくぱくと食べ始めた。全部食べて噛み砕いて飲み込んで、私のものにしてやる。今結花を食らいつくしてやる。
私はもうやけっぱちになって、ニコニコ笑っている今結花の前で、最後のひとさじまで彼女を飲みほした。
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