いいんですか、二宮くん。
- 「さ、触っても……?」
「好きにしろ」
震える手を二宮くんの頭上に伸ばす。そっと触れたポリエステルのすべすべとした感触は、見た目から想像した通りだった。
「……これでいいのか?」
わずかに首を傾げた二宮くんの頭上では、うさぎの耳を模したアクセサリーが揺れた。
「さいこうです……」
なんだか色々なものが込み上げて泣き出しそうになっている私を見て、二宮くんは呆れたような顔をした。でも二宮くんはきっと呆れてはいない。そう見えるだけで、実のところは困惑しているだけなのだ。思わず二宮くんに手を合わせて拝むと、二宮くんは頭上の耳が気になるのか自分で触って確かめている。えっ、待って、可愛すぎる。思わず携帯を構えてその瞬間を写真に残そうとしたら、二宮くんに手を押さえられた。
「おまえを疑ってるわけじゃないが、写真はやめておけ。どこで流出するか分からない」
「あっ……そうだよね、ごめん」
冷静な二宮くんの判断に、ハッと正気を取り戻した私は、この光景を網膜に焼きつけるためにじっと二宮くんを見つめた。
今、二宮くんはワイシャツの上にベスト、スラックスというスーツに更にうさぎの耳をつけたいわゆる「バニーボーイ」の恰好をしている。もちろん私のリクエストで、だ。
誕生日になにかして欲しいことはあるかと聞かれて、本当にダメ元で着て欲しい衣装があると言ったところ、拍子抜けするほどあっさりと着てくれたのだった。二宮くんは、ちょっと私に甘すぎる、と思う。決してそれが嫌なわけではないけど。
「二宮くんが世界一かっこいい……大好き……」
ひしっと抱きつくと、二宮くんはいつものようにスンとすました顔で私を抱き留めた。
「アクセサリー類も全部つけてくれてる……すき……」
私は胸元のループタイについているカメオを指でつるりと撫でた。二宮くんに許可をもらってからループタイに指を引っかけてゆるめる。普通のネクタイやリボンタイもいいものだけど、二宮くんには一度ループタイをしてほしかったのだ。
「ああ……アームバンドに締めつけられた二の腕……」
はあはあと息を荒げながら二宮くんの二の腕にぺたぺた触れる。アームバンドの影響で不規則になったシャツのしわ。これもまた乙なものです。
「し……下……も、つけてる、の……?」
恐る恐るそう訊くと、「ああ」と首肯されたので、私は天を仰いで胸の前でギュッと手を握りしめた。その事実を受け止めるのに、数秒の時間を要した。
「見なくていいのか?」
ちらりと裾を持ち上げる二宮くんに、首を振って答える。
「……いいの。ソックスガーターはね。見せるものじゃないから。でも、確かに今二宮くんはソックスガーターをつけてる。それを想像するだけでいいの……」
穏やかにそう言うと、きっと理解していないだろうけど二宮くんは「……そうか」と私の思想を尊重してくれた。
「ちょっともう一回全身を眺めてもいい?」
すっと体を離して全身を舐めまわすように見つめる。二宮くんはスタイルがいいからスーツを着るだけで様になるけど、そこに付属したバニーの耳、それがついていることで全体のバランスに変化が加えられているというか、「スーツとは別物」の良さにまとまっているというか……
見ていたらやっぱり興奮してきて、呼吸が荒くなる。再び震える指を飾り耳に伸ばしていると、その手を二宮くんが優しく掴んだ。
「……それで、おまえは俺にこれを着せて何をしたいんだ?」
「……エッ!?」
二宮くんにまっすぐ見つめられて、私はつい声をひっくり返してしまった。
何って、何? いや別に、そんなつもり……は、全然なかったとは言えないけど……。私はごくりと生唾を飲み込んだ。いいんですか、二宮くん。
「……そ、それ着たまま……し、たい……」
絞り出すようにそう言うと、「したい? 何を?」と詰められた。えっ、何、今日言葉責めもしてくれる日ですか。
「えっ……ち……」
震えつつそう答えると、二宮くんは急に黙り込んでしまった。ちらっと二宮くんの方を見ると、二宮くんはびっくりしたように目を丸くしていた。
「セックスがしたかったのか?」
言葉責め、というより直球すぎる言葉に、私は自分の勘違いに気づいてかあっと全身が熱くなるのを感じた。
そうだよ。相手は二宮くんだよ? コスチュームプレイなんて概念知ってるはずないじゃない。だからきっと二宮くんは、本当にただの疑問として「何がしたい?」と聞いてくれていたのに、私、勝手に勘違いして、あんなあさましいこと。
真っ赤になっているであろう顔を俯かせると、私はくるりと二宮くんに背中を向けた。
「おうち帰るっ……」
そしてそのまま脱兎のごとく逃げようとしたのだが、二宮くんは素早く私の腰に腕を回すと、「待て、落ち着け」となだめた。
がっちりと二宮くんの腕の中に閉じ込められながら、「離して」「もう帰る」と暴れる私を二宮くんが不器用に撫でてくれ、少しだけ落ち着いた。落ち着いたというより、諦めた。
無駄だろうから暴れるのをやめた私は、二宮くんの腕の中できゅっと唇を噛みしめていた。
「落ち着いたか」
そう訊かれても答えない。
「気にするな」
そう言われるのが一番しんどいんです。
とにかくひたすら口をつぐんでいると、いきなりぐいっと腕を引っ張られ、シーツの上に体が投げ出された。
「おまえの望み通り、このままするか」
ハッと見上げたうさ耳の二宮くんに、再び心臓がバクバクと暴れ始めた。
「や、やっぱ待って、」
「なんでだ?」
二宮くんが私の首筋に顔を埋めて唇を押しつける。こんなの、目に毒だ。
「や、二宮くん、ダメ──」
「……邪魔だな」
二宮くんはうさ耳をむしり取るとポイッとベッドの下に投げ捨てた。私は先程まで「ダメ」と言っていたのも棚に上げて「何してんの!?!?」とそこそこの声量で二宮くんを責めた。
「ねぇ!! そこ大トロの部分じゃん!! なんで捨てるの!? 江戸時代の人か!!」
ぽかんとしている二宮くんを押しのけて、うさ耳を拾い上げる。
「分かる!?!? コスプレは普段と違う衣装で目新しさとか、ドキドキを楽しむものなの!!!! だから絶対これだけは外しちゃダメでしょ!!!!」
啖呵を切るようにそう言うと、二宮くんは真面目な顔で「分かった」と頷いた。なんだこの空間。二宮くん。二宮くんの天然なとこ、好きだよ。でも、今は、今だけはやめてほしかったかな……
「……ごめんね。このままだと私、バニーがトラウマになっちゃいそうだから、今日はもう脱ごっか……着てくれてありがとう……」
──こうして私たちの初めてのコスチュームプレイは、ほろ苦い結果で幕を閉じた。
……後日、勘のいい二宮くんに「おまえが着たい服はないのか?」と聞かれた私が、紆余曲折の末にクラシカルメイド服を着ることになるのは、これから少し先の話だ。
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