そういう日常
- ふっと目を覚ました時には、隣はもう冷たくなっていた。まだ寝ていたかったけど、気だるい体を無理に持ち上げて頭を振った。
ベッドを抜け出し、静かに歩いて恋人の姿を探すと、洗面所にいた。すでに着替えて、今は髪をセットしている。
私は扉にもたれてその様子をしばらく眺めていた。セットがもうすぐ終わってしまいそうだというのを悟ってから、「昼からじゃなかったっけ?」と声をかけた。声が掠れて、ごくりと唾を飲んだ。
鏡越しにちらっと私を見た二宮は、「……起きたのか」と呟いた。誰のせいで起きることになったと思ってる。本当はもう一時間長く眠れたし、起きてからも二人でベッドの中でしばらく戯れたってよかった。
「もうちょっとゆっくりしていったらいいのに」
「早めに行って報告書の確認と、戦術を考えたい」
「ふーん……」
今何時かと訊かれたけど、私は無視してリビングに戻った。時間を教えたら二宮はきっと慌ただしく家を出て行ってしまうだろうと思ったからだ。私がソファに座ってぼうっとしていると、完璧に身だしなみを整えた二宮が隣に来た。
「行ってくる」
「……ん。行ってらっしゃい」
二宮が行ってきますを欠かさずするようになったのは、私が行ってらっしゃいのキスをするようになってからだ。毎回しているわけではないし、今日はしてあげたい気分ではないので、しない。
それでも二宮は一切の名残惜しさを見せずに、さっさと出かけていった。「そんなの家でもできるじゃん」とごねなかった自分を褒めてあげよう。私は冷凍庫からアイスを取り出すと、朝からバニラの味を嗜んだ。
邪魔なんかしないのに、と思って、まあ、邪魔なんだろうな、と思い直す。私に対する二宮の扱いに、たまにペットみたいだと思うことがある。
でも、じゃあ二宮が自分のやりたいことより私を優先するようになったら満足か? と訊かれると、それは違うと即答できる。
もしもそうなってしまったら、私が好きな二宮まで失われてしまうような……そんな、自分でもよく分かっていない曖昧な考えをもっている。
自分ながら面倒くさいと思う。結論としては、思うところもあるが二宮に変わってほしいわけではないので我慢するしかない、というところに落ち着くか。
アイスのゴミを片付けると、暇になってしまった私は何をしようかと思いながら寝室に向かった。
▽
「ごめん、行けそうな日がここしかなくて……」
夕食の途中で、かねてよりデートの約束をしていた日に他の予定を入れていいかと訊かれた二宮は、「一人で行くのか?」と訊ねた。
「あー……」
彼女の視線がテーブルの上をさまよう。その数瞬のためらいを見て、二宮は「わかった。行ってこい」と背を押した。
「二人で行ってもいいけど本当は一人で行きたい。でももともとデートの予定を入れていたし誘った方がいいか」という恋人の思考をほぼ正確に読み取った二宮は、潔く身を引いた。
「ほんと!?」
その瞬間、顔を輝かせながら笑ったなまえに、二宮はすっと目を細めた。
「ごめんね、先に約束してたのに!!」
そう言いつつ、嬉しさを隠しきれない様子のなまえに、「楽しみにしてたんだろ。気にするな」と返す。
「じゃあさっさとチケット買っちゃおっと!!」
生き生きとスマホを操作するなまえの姿に、嬉しい気持ちと、自分とのデートより嬉々とした様子に複雑な気持ちと。
ジンジャーエールを喉に流し込み、「そろそろ出るか」と促す。
「ん!!」
グラスに残っていたウーロン茶を飲み干したなまえを伴って店を出る。
「送る」
そう言ってなまえの家の方向に足を向けると、するっと手を握られた。なまえも二宮も、手を繋ぐ習慣が定着しているわけではない。なまえがそうする時は、大抵二宮に甘える時だ。
「んー……」
なまえは二宮の爪を指先でつるつると撫でた。
「今日、泊まってい?」
二宮を見上げながら首を傾げる。二宮が頷くと、なまえは上機嫌に繋いだ手を引っ張って二宮の家へと進路を変えた。
「次のデート潰れちゃう代わりに今日いっぱいイチャイチャしとこ」
腕を揺らしながらそう言うなまえを二宮は無言で見つめた。
「まだあったよね?」
「ああ」
「あーでもお水買いたい。あとのど飴とー、アイスとー」
「ああ」
「ファミマの新作食べたいんだけど、二宮の家の最寄りどこだっけ?」
「薬局の隣にある」
「じゃあ横断歩道渡っといた方がいい?」
「そうだな」
二宮の家に着くと、なまえは真っ直ぐにリビングのソファに座って、コンビニの袋からアイスを取り出した。
「今日金ローなんだろ」
なまえは二宮にテレビをつけさせると、ぱくっとアイスを頬張った。相好を崩したなまえが無言で一口ぶんを掬って口の前に突き出したので、二宮は大人しく口を開けた。二宮には甘すぎたが、なまえにとっては二宮が美味しいと思うかどうかは重要ではない。自分が美味しいと思ったものを共有したいだけなのだ。
「あー、ハリポタかあ〜」
最近ガチ勢の友達と一緒に観たばかりだとか、その時に教えてもらった裏話だとかを饒舌に喋りながらアイスを完食したなまえは満足げにソファの背もたれに腕をかけて伸びた。
「美味しかった……しあわせ……」
目を閉じて余韻に浸っているなまえに、このまま眠ってしまいそうだと思う。静かに瞼を下ろしている恋人を横目にテレビを消すと、なまえが体を伸ばして二宮の口端にキスをした。
「ふふ」
体を起こしたなまえが二宮の膝に跨る。体重がなまえの膝の下に集中し、ぎしっとソファがきしんだ。ひやりとした手でそっと顔を包まれ、じっと目を見つめ合いながら、二宮はなまえのつめたくあまい唇が降ってくるのを待った。
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