わたしのすきなひと





背中を突き飛ばされ、こけた瞬間に足首が嫌な音を立てた。次の瞬間、背後で大きな音がして、悲鳴が上がった。先程まで私が立っていた場所には、体育の授業で使ったポールが倒れていた。私を突き飛ばした形のまま固まっていた桐絵ちゃんは、私の無事を確認すると大股で私の傍まで近寄った。私が足を庇っているのにいち早く気づいた桐絵ちゃんは、私に肩を貸して、無表情で周囲に「保健室に連れていってくるわ」と伝えた。お怒りの様子の桐絵ちゃんは、二人きりになった途端キッと私を睨みつけた。
「あんたねえ、ぼーっとしてんじゃないわよ!」
「ごめんね、桐絵ちゃん」
どんくさい私はいつも桐絵ちゃんに助けられてばかりだ。私といるときだけ厳しい口調になる桐絵ちゃんは、今日は特に怒っているみたいだった。その声の厳しさは、私に怪我をさせてしまった自分へのものだと知っているから、私は「ありがとう」と呟いた。
「人が怒ってるってのになに感謝してるのよ!」
再び怒り始めてしまった桐絵ちゃんに、私はへらりと笑った。

私は昔からどんくさいし、タイミングも悪かった。
今日だって、体育の授業で足を怪我したタイミングで、警戒区域外にもかかわらずゲートが開いて近界民が現れて、私は尻もちをついたまま動けない。
呆然と自分に迫る近界民を見つめていると、ひらりと視界の隅に何かが躍った。見上げたら、女の子が空を飛んでいた。大きな斧をもった彼女は、体をしなやかにひねると、斧で近界民を一刀両断した。あまりに美しい彼女に、私は見蕩れることしかできなかった。しかし、振り返った彼女の顔を見て今度は驚きで言葉を失った。
顔が桐絵ちゃんにそっくりだったからだ。
でも髪型が違うし、桐絵ちゃんはボーダーでは戦闘員じゃなくてサポートのお仕事をしているって言っていた。桐絵ちゃんに姉妹はいないはずだし、親戚か、よく似た人だろうか。
「あ、の……おなまえ、は」
どうにかそう声を絞り出すと、目の前の人は慌てたように身を翻し、立ち去ってしまった。身の危険が去っても、私の胸はずっとドキドキしていた。

翌日、学校で桐絵ちゃんに会うなり私は昨日あったことを話した。
「桐絵ちゃんによく似たひと、知らない?」
「さっ、さあ。もしかしたら支部の人かもね……」
なるほど、ボーダーほどの規模になると桐絵ちゃんが知らない人もいるにちがいない。
「……ちょっと残念だな。すごく綺麗でかっこよかったの、そのひと」
そう言う私に、桐絵ちゃんは機嫌よく「そう」と言う。
「……また会いたいな」
熱にうかされるみたいにほう、と吐息とともに呟くと、隣の桐絵ちゃんが「え」と体を強ばらせた。私は慌てて熱くなった顔を手で扇ぐと、照れ隠しに笑った。昨日からずっと、私の胸はドキドキしている。
「は、はあ〜〜〜〜〜〜!?」
珍しく人前で声を荒げた桐絵ちゃんは、対照的に顔を青くしていた。



「桐絵ちゃん、今日は一緒に帰れないの」
そう言うと、桐絵ちゃんはチラリと私を見て「なんで?」と聞いた。
「えっと……用事があって」
「用事ってなによ」
「せ、先生に呼ばれてる……」
そう言うと、桐絵ちゃんは黙ってしまった。私はよく嘘が下手だと言われるから、桐絵ちゃんはきっと私が嘘をついたことに気づいただろう。怒ったかな、と不安になる。
「あの……」
「……『待ってて』くらい言えないわけ?」
予想外の怒り方だった桐絵ちゃんに、私は目を丸くした。
「……待っててくれる?」
「しょうがないわね」
フン、と鼻を鳴らした桐絵ちゃんの頬が赤くなっていて、私は笑ってしまった。

桐絵ちゃんに嘘をついた『用事』とは、同級生からの呼び出しだった。その際、「小南さんには内緒にして」とお願いされたのだった。
呼び出し場所には隣のクラスの子がいた。待たせたことに謝罪すると、「大丈夫」と返ってくる。
「どうしたの?」
「……うん。私ね、見ちゃったの」
彼女が言うには、私と桐絵ちゃんが二人でいるところをたまたま見てしまい、その時の桐絵ちゃんの言葉遣いが、普段と違い厳しかったことに驚いたそうで。
「もしかして……いじめ、とか。もしそうなら、一緒に先生に相談に行こう?」
心配そうにそう言う子に、私は少し呆けてしまう。
「……ううん、違うよ」
ゆるりと首を振って私が否定すると、その子は「でも」と言葉を繋いだ。私は微笑みながらそれを遮った。
「いじめって、いじめられた方が嫌だって思ったらいじめなんだよ、知ってた?」
「う、うん……」
「だったらこれはいじめじゃないよ」
私の顔を見てハッと息を飲んだ彼女に、「お気遣いありがとう」と伝える。
「桐絵ちゃんが待ってるから、行くね」
バイバイ、と手を振ってその場を後にする。それ以降、もう声はかけられなかった。

私は今隣のクラスの同級生たちのことが気になっていた。というのも、ある生徒……小南さんがいじめをしているのでは、と思うのだ。推定被害者のなまえちゃんには否定されたが、小南さんは二人でいるときに怒鳴りつけていたり、なまえちゃんのことをずっと目で追って監視していたりしている。そのことに気づいてから、気になって二人のことを観察していた。しかし、観察しているうちに小南さんが声を荒らげるのはなまえちゃんが怪我をするような時だけだと気づいた。なまえちゃんのことをずっと目で追っているから、気づかれないうちにトラブルを未然に防いでいるし。……なんだ、私ほんとに余計なお世話だった。と思って、今度なまえちゃんにも謝らなくちゃと思っていたら。ぱちり、と小南さんと目が合って。別に睨まれたわけじゃないのに、その視線の冷たさに私はゾッと背筋を凍らせた。
馬に蹴られたくはないので、私はそれ以上の介入をやめ、二人を見守ることにしたのだった。



今日は桐絵ちゃんと、以前から気になっていたカフェに行く。パンケーキが有名なお店で、予定を合わせてお店を予約をして、やっと今日という日を迎えた。
「楽しみだなぁ」
「朝から何回言うのよ」
「だって〜」
桐絵ちゃんと遊ぶのも久々だ。学校で毎日会っているけど、それはそれ。こうやって休日に会うのはまた違う。
お店に到着すると、私は店員さんに話しかけた。
「予約してた小南です」
予約表を確認している店員さんを待っていると、桐絵ちゃんに腕を引っ張られた。
「……なんで『小南』で予約してるのよ」
そう言われてはじめて、私は自分のしていたことの不自然さに気づいた。おかしいかもしれないが、それまではごく当然のこととして受け止めていたのだ。
「な、なんでだろう……」
桐絵ちゃんの瞳に映っている私の顔は真っ赤で、桐絵ちゃんも顔を赤くしていて。そんな私たちの空気を変えたのは、店員さんだった。
「本日カップルデーでして、この場でほっぺにキスしていただいたらドリンクをサービスしているんですが」
「え!?」
慌てた私はつい大きな声を出してしまった。桐絵ちゃんとキスをするのが嫌なわけじゃないけど、私からすることはできそうになかった。
「だ、だい……」
肩を引き寄せられて、頬に温かく柔らかい感触。頬のそれはすぐに離れていったけど、肩に回った腕はそのままだった。
「これでいいでしょ」
「はい、それではお席にご案内します〜」
夢見心地でぽーっと桐絵ちゃんの横顔を見ていると、「ほら、行くわよ」と促されて、私は慌てて歩き出した。
「……桐絵ちゃん」
桐絵ちゃんの袖を引っ張る。桐絵ちゃんは振り向かずに「なによ」と言った。
「ありがとう」
「……なにに感謝してんのよ」
「えっと……、さっき……嬉しかった、から」
本当はなんて言えばいいか分からなかったのだけど、何か言わずにはいられなかったからそう言うと、桐絵ちゃんは肩越しに振り返って、「なによそれ」と綺麗に笑った。



私はどんくさくて言葉も上手くないから、絡まれてもなかなかきっぱりと断ることができない。今日も桐絵ちゃんがトイレに行って一人になった間に声をかけられて、ただでさえ慣れていない男の人にどう対応していいかわからず、きゅっと鞄の持ち手を握り俯いた。するといきなり肩を抱かれ、私は体を強ばらせた。しかし隣から安心する桐絵ちゃんの匂いがしたから、体から力を抜く。
「この子、今あたしとデート中だから。さっさと消えて」
私の肩を抱き寄せた桐絵ちゃんが頼もしくて、安心で泣きそうになった。
「え、お姉さんも可愛いね!二人とも俺らと遊ぼうよ」
しかし引き下がらない男の人は、桐絵ちゃんの腕を掴んだ。自分が絡まれるよりも桐絵ちゃんが男の人に触られていることの方が耐えられず、私は大きな声を出そうと息を吸い込んだ。
「あれ、小南ちゃんじゃ〜ん」
そんな私たちを助けてくれたのは、金髪の男性だった。

男の人たちを追い払ってくれた金髪の男性は『犬飼先輩』と言うらしく、ボーダーの隊員さんだった。奇遇だとかお話をしている二人を眺めていると、犬飼さんがチラリと私を見た。
「初めまして〜小南ちゃんのお友達?」
頷いて自己紹介をすると、犬飼さんは人が良さそうに笑った。
「そっか。可愛いんだから気をつけてね」
笑いかけられながらそう言われて、顔が赤くなってしまう。もごもごとお礼を言うと、犬飼さんは「わ〜辻ちゃんみたい」と笑った。
「わっ……」
いきなりぐっと腕を引っ張られて、桐絵ちゃんの胸に倒れかかってしまう。
「桐絵ちゃん……?」
桐絵ちゃんはなんだか焦ったような顔で犬飼さんを見ていて、犬飼さんはにこ〜っと楽しそうに笑っていた。
「へえ〜〜〜〜」
「な……なによ!」
「なんでも〜」
二人が何の話をしているのか分からないけど、桐絵ちゃんに抱きしめられるのは嬉しかったから、私は大人しくしていた。



委員会活動でいつもより下校が遅くなってしまった私は、家路を急いでいた。信号に引っかかって立ち止まっていると、道向こうのスーパーから、桐絵ちゃんが出てくるのが見えた。
「桐絵ちゃ……」
名前を呼びかけた私は続く言葉を飲み込んだ。桐絵ちゃんは、整った顔立ちの男の子と一緒だったからだ。
「今日もカレーすか」
「文句ある?」
「いえ、小南先輩のカレー世界一美味いって修も言ってました」
「え……本当!?」
「すいません、ウソです」
「ま……まただましたわね!」
いけないと思いつつ聞こえてきた会話の親密さ、学校でも私の前でも見せない桐絵ちゃんの表情と声に、私はその場に立ち尽くしてしまった。その後、どうやって家に帰ったのか覚えていない。
翌日、下足箱で靴を履き替えていると、「おはよう」と桐絵ちゃんに声をかけられた。なんとなく桐絵ちゃんの顔が見れなくて、私は俯いたまま返事をした。
「私職員室に用事あるから、先に行くね。またあとで」
桐絵ちゃんを避けるみたいになってしまったことに胸が傷んだが、私は逃げるように足早にその場を立ち去った。

「……ちょっと顔貸して」
いきなりバンッと私の机を叩いた桐絵ちゃんにびくっと肩を飛びあがらせた。
「……い、いやだ」
震える声で拒否すると、桐絵ちゃんは黙りこくった。同級生たちが遠巻きに私たちの様子を伺っているのがわかる。桐絵ちゃんは私の腕を掴むと有無を言わさずそのまま歩き始めた。私はその手を振りほどくこともできずに従った。
「……何?言いたいことがあるなら言いなさいよ」
空き教室に桐絵ちゃんの声が響いた。桐絵ちゃんに聞きたいことはたくさんあった。でもそのどれもが、結果的に桐絵ちゃんを傷つけるものになるんじゃないかと思って言いたくなかった。
昨日の人は彼氏?手料理を振る舞う仲なんだね。なんで教えてくれなかったの?あんな顔もするんだね。私には見せてくれたことないのに。
……結局は、すべて私の醜い嫉妬なのだ。それを桐絵ちゃんに聞かせるのは忍びなかった。
「……なんでも、ない」
泣く一歩手前の震える声でそう言うと、桐絵ちゃんに顎を掴まれた。俯かせていた顔が力任せに上げられ、桐絵ちゃんと視線が合った。
「何もないわけないでしょ……!じゃあなんで避けるのよ!泣きそうな顔すんのよ!」
いつも私がドジをする時とは全然違う苛烈さで声を荒げる桐絵ちゃんに、私は身をすくめた。
「桐絵ちゃん……昨日の、彼氏……?」
ぽとりとこぼれ落ちた私の言葉に、桐絵ちゃんは動きを止めた。
水臭いよ。なんで教えてくれなかったの。どんな人?いいなあ、私も……
言うべき言葉を頭に浮かべたけど、それを一文字でも声に出してしまったらきっと泣いてしまうと思って、私はそのまま黙りこくった。
「……大体わかったわ」
桐絵ちゃんの平坦な声に、そろりと桐絵ちゃんの顔を見ると、桐絵ちゃんは笑っていた。その顔があまりにも綺麗だったから、私は一瞬状況を忘れて見とれてしまった。
「……あんたも、そんな顔すんのね」
桐絵ちゃんに頬を撫でられる。
「なまえは、いつも笑って、穏やかで、こういう感情に縁がない人間だと思ってた」
「ご、ごめん、めんどくさいよね。ほんと、何言って……」
「……悪い気分はしないわね」
私の頬を手のひらでそっと包んだ桐絵ちゃんは、一つ一つ噛んで含めるように私に説明してくれた。昨日の人はボーダーで同じチームに所属する人で、もちろん彼氏ではないこと。昨日の食事当番が桐絵ちゃんで、買い出しを手伝ってもらったこと。
「ご、ごめんなさい……」
勘違いで桐絵ちゃんを避けて、子どもみたいに駄々を捏ねてしまったことが恥ずかしくて、私は小さくなって謝った。
「見られたから言うけど、あたし学校とボーダーじゃキャラ変えてるの」
こくりと頷いて、私は桐絵ちゃんを見つめた。
「でも、なまえの前で見せるあたしは、なまえにしか見せないから」



今日は久しぶりに桐絵ちゃんと二人で下校していた。家の方向が違うから、二人で帰るときはじゃんけんで負けた方が家まで送り届けるルールだ。今日は私が勝ったから、桐絵ちゃんが家まで送ってくれる。普段は長く感じる通学路も、桐絵ちゃんと一緒だと短くて、私はわざとゆっくり歩く。家に誘ったら困るかなあ、なんて考えていると、桐絵ちゃんが足を止めた。桐絵ちゃんは空を見上げたまま顔を顰めていて、その視線の先を辿ると、空に黒い穴が空いていた。
「イレギュラー門……!」
苦虫を噛み潰したような顔の桐絵ちゃんは、「走って家まで逃げて」と私に伝えて、ゲートの方へ向かおうとした。
「ま、待って……!桐絵ちゃんは……?」
私は震える声で桐絵ちゃんを呼び止めた。だって桐絵ちゃんだって戦うことはできないのだから。
「い、一緒に逃げよう」
震える手で桐絵ちゃんの手を掴むと、桐絵ちゃんは「あたしは大丈夫」と私に言い聞かせるように言った。きっと桐絵ちゃんの言うことは正しいのだろう。どんくさくて足でまといな私は、すぐに逃げた方がいい。分かっていても、それを実行に移すのは難しかった。
「ごめん、ね……桐絵ちゃん。でも、一人で逃げるなんてできない……」
もちろん心細いからとか不安だからとかじゃない。桐絵ちゃんはきっと大丈夫と分かっていても、桐絵ちゃんを置いていくことができなかった。
そうやってグズグズしていたら、私たちのいる通りに近界民がのそりと姿を表した。体を強ばらせた私を見た桐絵ちゃんは、長く息を吐くと、落ち着けるように私の手を握った。
「……いい?ここから動いちゃダメ。あたしが良いって言うまで目を閉じてて」
その言葉に私が慌ててギュッと目をつぶると、桐絵ちゃんが小さく笑った。桐絵ちゃんの手が離れていって、心細くなる。視界が塞がれるだけで、心もとなさが倍増して、私は胸の前で祈るように手を握りしめた。
遠くの方で風を切るような音が聞こえたと思ったら、私は突風に襲われて尻もちをついた。反射的に目を開くと、ひらりと視界の隅に何かが躍った。見上げたら、女の子が空を飛んでいた。大きな斧をもった彼女は、体をしなやかにひねると、斧で近界民を一刀両断した。あまりに美しい彼女に、私は見蕩れることしかできなかった。振り返った彼女の顔を見て私はどこかでやっぱりと思っていた。
「目を閉じててって言ったのに」
咎めるようにそう言った桐絵ちゃんは、私の目の前までやって来て、手を差し伸べてくれた。
「……悪かったわね。ウソついて」
私は首を横に振って桐絵ちゃんの手を握った。
「……桐絵ちゃんはいつも私を助けてくれるんだね」
あの日、私の命を救ってくれたひとが、桐絵ちゃんだったことが嬉しくて仕方ないって言ったら、桐絵ちゃんはなんて言うかな。
「……残念だけど、あんたの好きな人はいないの」
拗ねたように視線を逸らした桐絵ちゃんに、私は「いるよ」と言った。
「私の大好きで大切なひとは、いつも隣にいるもの」
「桐絵ちゃん、ありがとう」と笑いながら伝えると、桐絵ちゃんは頬を染めながら小さく頷いた。



「桐絵ちゃんはもう大学決めてる?」
頬ずえをつきながら憂鬱にそう呟くと、桐絵ちゃんはお弁当をつつきながら決めてないと答えた。ため息をついた私に、桐絵ちゃんは何があったのかと尋ねた。
「あのね、お父さんとお母さんに大学生になったら一人暮らしをしなさいって言われたの。勉強になるからって」
しかし、それには条件が一つ付随する。
「でも、何かあったときにすぐ駆けつけられるように大学は県内のところにしろって」
私は他県の大学進学を考えていたため、受験する前に進学を諦めざるを得なくなったのだ。その事情を知っている桐絵ちゃんは、お箸を置くとじっと私を見つめた。
「……じゃあ、一緒に住む?」
サンドイッチをかじろうとしたところでそう言われて、私はぱちりと瞬きをした。桐絵ちゃんと一緒に朝ごはんを食べて、一緒の家に帰る生活。それは想像しただけで胸が躍るものだった。
「……ううん、私の都合に桐絵ちゃんを巻き込めないよ」
しかし思い直して私はその申し出を断った。そこまで桐絵ちゃんに甘えるわけにはいかない。
「べつに、巻き込まれたなんて思ってないわ。前から考えてたことだし」
桐絵ちゃんはいたって冷静にそう言う。
「あたしのことはいいから、なまえがどう思うかで答えなさいよ」
「……私、桐絵ちゃんとまだ一緒にいたい」
「じゃあ、今日ご両親にちゃんと話すことね」
表情を緩めてそう言った桐絵ちゃんに抱きつくのを堪えるのは、ちょっと難しかった。

放課後、忘れ物を取りに教室を訪れると、そこにはクラスメイト二人が残っていた。
「まだ帰らないの?」
「うん、今作戦会議中なんだあ」
その言葉に興味を引かれ、彼女たちの手元を覗き込むと、そこには不動産情報誌が広げられていた。
「……何これ?」
「卒業したら一緒に住む家を探してるの。今のうちにお互いの希望とかまとめておいた方がいいよねって」
「……一緒に住むん?」
驚いてつい砕けた喋り方になってしまった。いつも小南が世話を焼いているし、仲がいいと思っていたがまさかそこまでとは。
「親も桐絵ちゃんと一緒なら安心だって」
あまりにも眩しいその笑顔に、私はもう細かいことを聞くのはやめておいて、一言だけ伝えた。
「……末永く、お幸せに」



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