可愛いと言われる準備はもうできてる
- ドキドキと高鳴る胸を覆っているのは、いつもよりも攻めたデザインの勝負下着。胸の谷間を強調させるようなリボンは解けるようになっている。そしていざ、恋人の前で買ったばかりの下着を披露すると、彼は「あー……」と視線をうろつかせて、たくさんたくさん言葉を探して、その末に「可愛いね」と見え見えのお世辞を言った。
そのあとはすぐに下着を脱がされて、その下着とそれを選んだ私の気持ちはなかったことになって、お互いにここで止めようとも言い出せず、気まずく居た堪れない行為を終わらせると、ピロートークもなしに寝た。
それから私は、そういう行為に対して苦手意識をもっていた。
最近できた恋人の生駒くんが、私に覆いかぶさっている。じっと目を見つめ合い、そっと唇が重なる。
わかっていた。お互い大学生で、一人暮らしの彼の家にお泊まりで、そういうことになる未来は、迅くんじゃなくたって見えていた。
しかし私の頭の中には元彼との行為中のトラウマが再生されていた。今の声変じゃなかったかな、とか。調子に乗ってへんに動いたら引かれちゃうんじゃないか、とか。そういうことが頭の中をぐるぐるして、一秒も気が抜けない。
ガチガチに固くなった私を解そうと生駒くんが声をかけてくれるが、私は青い顔で「大丈夫」としか言えなかった。
「なまえちゃんは、アレやな」
なんとか行為を終えたあと、生駒くんが何かを考えるように腕を組んでじっ……と私を見つめる。
「あんま好きやないか、こういうこと」
「そんなことは……」
「いや、気遣わんでええ。大丈夫。なまえちゃんが嫌なら、こういうことはせんでええよな」
「ほ、本当に……! 嫌、ではないの。ちょっと、緊張しちゃうだけで……!」
「……ほんまに? 無理はせんでな」
労わるように優しく頭を撫でられ、私はギュッと掛け布団を握りしめた。
それ以降、生駒くんとそういうことはしていない。お泊まりはよくするし、一緒のベッドで寝ることもあるけど、それだけだ。生駒くんが私のことを気遣ってくれているおかげでそういう行為がないことを思うと、申し訳ない気持ちと安堵が入り乱れてぐちゃぐちゃになる。
今日は生駒くんの部屋でゲームをして遊んでいた。生駒くんはあんまりゲームが得意じゃないから、途中で自分だけ機数を増やそうとした。
「ずるい!」
笑いながら体を寄せて生駒くんのコントローラーを奪おうとする。生駒くんの腕に胸が当たったけど、恋人だし、最近は距離感が近くなってこれくらいの接触も増えてきたから、まあいっかと思っていた。生駒くんもいつもの顔してるし、あんまり気にしていないだろう。
「わ、結構遅くなっちゃったね。どっちが先にお風呂入る?」
ちらりと確認した時計を見てそう聞くと、「なまえちゃん先でええで」と言われた。
「でも、生駒くんのおうちだし、やっぱり生駒くんが一番シャワーを……」
「いや……ほんま、先行って」
歯切れ悪い生駒くんの様子に首を傾げると、小声で「今立てんから」と言われた。数秒考えたあと、ハッと生駒くんの下半身が兆していることに気づいて、顔を真っ赤にしてしまった。
「ホンマ、もうしわけない」
深々と頭を下げる生駒くんに、声をひっくり返しながら何度も大丈夫と伝える。
「なまえちゃんめっちゃええ匂いするし、柔らかいし……このバカチンコがもうしわけない」
ゾクリ、と得体の知れないものが私の背筋を走った。私の体で生駒くんは興奮しているんだと思うと、えも言われぬ熱が体にこもる。
「えっとその……する?」
「いや、ほんまに気にせんでほしい」
「いいよ……嫌じゃ、ない、から……」
そう言ってそっと体を押しつけるように抱きつくと、ぐらぐらと生駒くんが揺れているのがわかった。その瞳にじわじわと欲が侵食していくのを見て、肌が粟立つ。
ゆっくりと背中に手を添えられながらソファに押し倒されて、スイッチの入った生駒くんに身を委ねた。
初めてのときよりは、緊張していなかったと思う。それは、生駒くんがたくさん「可愛い」と褒めてくれたからで、そう言われるたび、固くなった体が少しだけほどけた気がした。
生駒くんがシャワーを浴びている間、寂しくなって少しだけ生駒くんのシャツを拝借した。着てみると、おしりの下まですっぽりと隠れて、胴回りは頑張ればもう一人くらい私が入れそうなスペースがある。生駒くんの分厚い体を思い出して頬が熱くなった。
首元を摘んで、そっと鼻に押し当てる。生駒くんの匂いがして、安心で体に残っていた緊張が全部解れた。
ガタン、と物音がしてハッと振り返ると、廊下に続くドアのところに生駒くんがいて、私はさあっと血の気が引いた。どうしよう。変なことしちゃった、また引かれちゃう。生駒くんに気持ち悪がられたりしたら……一瞬で私の頭を埋めつくした不安は一瞬で吹き飛ばされた。
生駒くんがその場にバタンと倒れたからだ。
「生駒くん!?」
慌てて生駒くんに駆け寄ると、生駒くんは「可愛すぎる……」と唸った。
「あなたは人工呼吸をしてください」
救命講習のように指示をして、マネキンのように目を閉じて待つ生駒くんに、照れ隠しで「もう」と言いながら頬をつねる。
「ごめんね、勝手に着て……気持ち悪く、なかった?」
「童話に出てくる妖精さんかと思った」
その言葉にじわりと胸が熱くなる。
「俺の服着ると、あれやな……なまえちゃんの小ささようわかるな……なまえちゃん、爪も歯も小さくて可愛ええもんな」
「ど……どこ見てるの!?」
「この光景絶対忘れたないわ……俺の脳に外付けHDD付けたい」
生駒くんに褒められるたび、体がムズムズしてくる。
「てか、俺の服臭ない?」
「ううん……生駒くんの匂いして安心する……」
「ぐう」
「ぐうの音出た……」
がばりと起き上がった生駒くんは、私をぎゅうぎゅうと抱きしめると「カワイイ」「可愛すぎる」「高次元の可愛さ」と褒め倒した。
思い返せば、これまでだって生駒くんはいつだって、真っ直ぐに私のことを認めてくれていた。生駒くんに「可愛い」と言われるたび、私の体はぽかぽかと温まるのだった。
私は鏡の前ですうっと息を吸った。
そこには、先日何時間も(最終的に店員さんに苦笑いされるくらい)吟味して選んだ買ったばかりの下着を身につけた私が映っている。
いつもより、ほんの少しだけ頑張った下着だ。デザインや色味が普段よりも大人っぽく、パンツの両サイドはほどけるリボンで結ばれている。普段はパステルカラーの下着ばかりだから、そこまで攻めたデザインではないのに、すごく背伸びをして見える。
こ、このくらいなら大丈夫な、はず。でもやっぱり、普段と雰囲気が違うから、変だって思われちゃうかな……いやいや、生駒くんなら絶対「可愛い」って言ってくれる。そんな葛藤を繰り広げながら、服を着る。
ドキドキしながらメイクやヘアセットをして、生駒くんの家に向かう。何度も「大丈夫かな?」「絶対大丈夫」を繰り返したけれど、いざその場面になると、私は尻込みしてしまった。
キスをしている生駒くんの胸を押して「あの」と言う。
「どしたん?」
待てをされているように焦れた様子の生駒くんを直視してしまって、ぶわりと顔が熱くなる。
「あ、あの、あの、今日……」
私の挙動が不審なことに気づいた生駒くんは、一度体を離して話を聞く体勢になった。
「体調悪い? なんか嫌やった?」
「あの、違くて、えっと、あの……」
頭がぐるぐると回って、目眩がしてくる。
「し、下着が……変かも……」
生駒くんが形容できない声を発した。
「あの、ちょっと、舞い上がっちゃったかも……き、気持ち悪い……かも……」
「なまえちゃんが嫌やったら、今日はやめよか……って言いたいけど、そんなん聞いたらめっちゃ見たいわ」
「で、でも……」
「『舞い上がった』ってことは、俺のために選んでくれたんやろ?」
こくりと頷くと、生駒くんは真面目な顔で「全力で駄々こねる俺見たい?」と言った。
「俺のオカン、セールで300円で買ったヒョウ柄の下着着てたで。胸の部分にヒョウの顔があるやつ。何が来ても驚かんって約束するわ」
「……ふ、」
想像してつい笑ってしまうと、生駒くんはほっと息を吐いて、「ええ?」と囁いた。
「……うん」
頷くと、生駒くんがゆっくりと私の服を脱がせていく。ブラジャーがあらわになると、生駒くんがちいさく息を飲んだ。
「こういう色も似合うな。なまえちゃんの肌に」
「へ、変じゃ、ない?」
「全然。可愛いとこ全部見せて」
スカートも脱がせられて、紐パンを見た生駒くんは、大きなため息を吐いた。
「これを見せへんかもしれんかったなまえちゃん、だいぶ罪深いで……」
もじもじしていると、生駒くんは流れるように「可愛い」と言った。その言葉にびびび、と体が痺れる。
生駒くんに触れられて、つい甘ったるい声が出る。変な声出ちゃった、と思う前にまた生駒くんが「声可愛ええ」と呟いて、それに反応してゾクゾクと頭に何かの信号が走った。
過去のトラウマといつもの生駒くん、信じるべきがどちらかなんて考えなくてもわかることだったのに。
「も……」
「も?」
「もっと可愛いって言って……」
そうねだると、生駒くんは茶化すこともせず「めちゃくちゃ可愛い」と真顔で言った。
「そんなに可愛ええこと言って、このままやとなまえちゃんサンリオに所属してまうで」
生駒くんにとって可愛いの代名詞はサンリオらしい。
生駒くんの言葉に、まるでお酒を飲んだかのように体がぽかぽかして、頭がくらくらする。
生駒くんに褒めてもらうのも、認めてもらうのも、全部気持ちいい。
私は生駒くんから与えられる快楽物質に酩酊していた。
生駒くんが「可愛い」と言うたびに心がほぐれていき、どんどん素の自分を生駒くんに認めてほしくなって、心に纏っていた重い鎧を投げ捨ててすべてを生駒くんに委ねる。生駒くんはそんな私をどっしりと受け止めて、甘やかしてくれた。
溶けたマシュマロみたいにべたべたに甘やかされた私は、生駒くんの腕の中で深い快楽に溺れていた。
布団にくるまって籠城している私を、生駒くんは布団ごと抱きしめた。
「今日のなまえちゃんめちゃくちゃ可愛かったな……」
「もお、やめてぇ……」
余韻が抜けていくごとに羞恥に襲われた私は、ちまきのように布団にくるまっていた。
「いや、こういう言い方良おないな。なまえちゃんは毎秒可愛ええし、その可愛さはそれぞれオンリーワンの可愛さやしな」
「わざと言ってるでしょ……!」
布団から手を出してぽすりと横腹を突くと、その拳を生駒くんの手に包まれた。
「俺の『可愛い』は軽くないで」
手の甲を撫でられ、力が緩んだ隙に生駒くんの指が絡む。
「生駒くん」
「うん」
「ありがとう……」
私はきゅ、とつないだ手に力を入れた。
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