罪を召しませ



「またですか?ボス」
「いいじゃん仕事は終わってるんだし、息抜きだって」
「はぁ……あんまり心配かけさせないでくださいよ」
 心配症な部下にひらりと手を振ると、いつものスーツではなくカジュアルな服で街に繰り出した。今日は会えるかな、なんて乙女チックなことを考えながらスキップでもしたい気分で目的の場所まで急いだ。
 

 
「おそ松さん!」
 俺を見て花が咲いたように笑うなまえを見て俺の顔は締まりなく緩んだ。彼女と出会ったのは数ヶ月前。ちょーっとヘマをしてごみ捨て場で死んでた俺を拾って看病してくれた。まあ顔もタイプだったし、一晩だけだと思って手を出した。そしたら身体の相性も抜群。今までにないタイプの可愛さで、俺の素性を知らないから物怖じすることも、媚も売ることもないなまえはすぐに俺のお気に入りになった。彼女はたまに親戚の花屋を手伝っているらしく、俺の休みと彼女のシフトが被ればこうして花屋で落ち合える関係、ってわけ。やっぱり娼婦や裏社会に足突っ込んでるやつよりも一般人だよな〜。その中でもなまえは特にいい。一緒にいると癒される、こういうのを天然って言うんだろうな。
 俺は店先でなまえにちょっかいをかけつつのんびり過ごした。あ〜こういうのいい。やっぱたまにはこうやって息抜きしないと、生きるか死ぬかのマフィア社会じゃやってけない。昨日銃撃戦を繰り広げたのが嘘みたいに長閑な一日で、俺は久しぶりに張っていた気を緩めた。なまえは仕事を見つける天才だ。暇になったら休めばいいのに、花の水やりをしたり帳簿をつけたりとくるくると忙しそうに狭い店内で動き回る。
 なまえを見つめていると、目が合ったなまえが恥ずかしそうに微笑んだ。かーわい。やっぱスレてない女の子が一番だよなぁ。なまえを呼んで1枚の紙切れを渡した。紙切れには、いつもなまえと使っているホテルの部屋番号が記されていた。なまえはそれを見るとぼっと顔を赤くして、小さな紙切れで顔を隠した。なまえはにやにやしている俺を追い出すと、また後でとはにかみながら手を振った。
 

 
 ルームサービスの酒を開けてだらだらしていると、部屋のドアが控えめにノックされる。ドアをいきなり開けてなまえを抱きしめ無理やり部屋の中に引きずり込むと、なまえは小さな叫びを上げた。
「もう、おそ松さん!」
「ごめんごめん」
 そう言いながらなまえの口を塞ぐ。キスをするとき、屈まないとなまえが必死に爪先立ちするからあえて屈まずになまえの様子を盗み見る。プルプルしながら一生懸命キスしようとするなまえは可愛い。何度かキスを交わすとなまえを抱き上げてベッドまで運んだ。
「おそ松さん、シャワー……」
「待てない」
 性急にお互いを求めながら俺たちはベッドに沈んだ。
 

 
 なまえの寝顔を見つめながら煙草に火をつける。明日からはまた仕事。最近周りのファミリーの動きが怪しいから忙しくなるってチョロちゃんが言ってた。ということは、また暫くなまえと会えなくなる。それどころか、もしかしたらこれが今生の別れかもしれないのだ。俺はさらりとなまえの前髪を払った。
 こうやって悩むくらいなら、最初からなまえの選択肢を奪っておけばよかった。俺たちは何度も会って何度もセックスをしているが、"恋人"などという名称が付いたものではない。曖昧なままずるずると身体の関係だけが続いて、どんどん言い出せなくなっていく。不思議となまえも俺たちの関係に名前を付けようとはしなかった。なまえは俺がマフィアだって知ったら何て言うだろうか。恐れ慄いて俺に媚を売るようになるのだろうか。それとも軽蔑したような瞳で俺を見るだろうか。……どっちのなまえも見たくないなぁ。
 

 
「また行くの、ボス」
 呆れたように弟のチョロ松がそう言う。
「ちょっとだけだって!すぐ戻るし!」
「……あんまりのめり込むなよ」
「わーってるよ」
「……僕から見たらもう十分危ないけどね、おそ松」
「……行ってきます」
 逃げるように部屋を出ていつもの花屋に向かった。なまえに会えるかな。
 曲がり角を曲がって見えるなまえの店は、いつもと様子が違った。スーツを着たいかにも一般人ではない様相の男たちがなまえに詰め寄っている。なまえと何やら口論しているらしい。とうとう業を煮やした一人がなまえの手を掴んで連れ去ろうとしている。その腕を掴んで力を込めた。
「はーいストップ〜」
「あぁ!?」
「こんな可愛い女の子無理やり連れてくなんてちょっと不穏だよね〜」
「お前には関係ねぇだろ!」
「おそ松さん待って!!」
「いいから」
 なまえに笑いかけて男たちに向き直る。
「話ならあっちでしようぜ。俺が代わりに聞いてやんよ」
 

 
 硝煙と血の臭い。幼い頃から嗅ぎなれた臭いだ。煙草に火をつけて一息ついた。男たちのスーツの胸元には最近動きが活発化しているファミリーのマークのピンズが刺さっていた。携帯を取り出してチョロ松に電話する。しばらくしてやって来たチョロ松は静かに男たちをトランクに詰め込むと俺の胸ぐらを掴んで車に押し込んだ。黒塗りの車はゆっくりと走り出す。
「……で?なんでこんなことになってんだよ」
「なまえが絡まれてたからやっちゃった」
 そう言うとチョロ松は深いため息をついた。
「だからあんまりのめり込むなって言っただろ」
「……」
「分かってたことだろ。おそ松兄さんと関係のある彼女が狙われることくらい。今まで目をつぶってきた罰だよ」
「……分かってる。もう会いに行かない」
「まあ向こうのファミリーとの抗争は避けられないだろうね。死ぬほど働いてもらうから覚悟しててよ」
「……うん」
「……可哀想に。おそ松兄さんがヘタレなせいで彼女はずっとお前を待ちながら危険と隣合わせで生きるんだ」
「性格悪ぃなぁ……わざわざ言われなくても分かってるよぉ……」
「だから罰だって言ってんだろ」
 

 
 俺が下っ端を殺してしまったファミリーは、すぐにでも怒鳴り込んでくるものかと思っていたが数日なんの音信もなかった。しかし今日やっと"会合"を求める旨の手紙が着た。
「うへぇ〜〜会合って何されるんだろ〜俺」
「自業自得だろ」
 いつもよりピリピリしたチョロ松にばっさり切り捨てられながら待ち合わせ場所のレストランで待つ。時刻は20:55。約束の時間まであと5分だった。
「お待たせいたしました」
 個室のドアを開け、黒服に囲まれて部屋に入ってきた人物に俺は目を剥いた。
「本日は父の代わりに私がお相手させていただきます……よろしくお願いしますね、おそ松さん?」
 普段と違う雰囲気を纏ったなまえは、ドレスに身を包み俺の面前に座った。
 なまえとの縁は切れたものとばかり思っていた。一般人の振りをしていたのは……俺だけじゃなかったのか。
「まじかよ……」
 にこにこ笑いながら含みを持った目で俺を見つめるなまえに、俺は口角を引き攣らせて笑った。
「まずはお食事でもしましょうか」
 テーブルに並んだ食べ物を指し示すなまえ。今俺の目の前にいるのは天然で可愛いなまえじゃない。俺はまるで獣に食べられる小動物の気持ちでナイフとフォークを握った。



感想はこちらへ