水入らず



あのバカ長男がいきなりコイビトを連れてきたのは数年前。
「俺こいつと結婚するから」 
 驚くまでの軽薄な宣言に家中が大騒ぎになった。しかし孫を熱望していた両親は驚く間もなく喜び、僕たち兄弟は長男をくびり殺してやろうと身構えたがあまりにも幸せそうなオーラに気が抜けてしまった。それからおそ松兄さんはあっという間に籍を入れて奥さんと同棲を始めてしまった。
 あれだけ働きたくない家から出たくないと言っていた長男があっさりと結婚し、なんとか職も安定しているという事実に僕たちは急に現実を突きつけられたような白けた気分になり、それぞれが思いのままに生活を始めた。定職に就いた松もいれば彼女を作る松もいるし、アルバイトをしながら職安に通う松もいた。しかしニートをしていた時と比べたらよほどマシだろう。一つ納得がいかないのは、あれだけ人には報告しろしろ言っていた長男がなんの報告もなしにいきなり奥さんを連れてきたことだけど……幸せそうだからもうなんでもいいや、なんて思っちゃう僕。ほら、みんなが言うよりドライじゃないでしょ?
 
 大晦日を迎え、松野家は賑やかさを増した。一松兄さん以外は実家を出たため、一時8人家族だった都内の一軒家はあっという間に3人家族になってしまったわけである。母さんはいつもの癖でよくお米を炊きすぎてしまうと言っていた。しかし、年末にもなるとそれぞれが帰省して松野家ももとの賑やかさを増す。おそ松兄さん以外が揃った居間で昼間から酒を飲みながらテレビを見ていると、玄関が開く音が聞こえた。
「ただいまぁ〜〜」
「お邪魔します」 
 聞きなれたおそ松兄さんの馬鹿でかい声と、なまえちゃんの細くて高い声。 
「やっと来たか」
「もう、何してたんだよ」
「もう飲んでるよ〜!」
 おそ松兄さんは豪快に笑いながらコタツに入るとすぐにビールを飲み始めた。おそ松兄さんの奥さんのなまえちゃんは、父さんと母さんに手土産を渡して二言三言会話をしてから僕達にも挨拶をしに来た。
「今年もお世話様でした」
「いやいや、なまえちゃんこそいつもこのバカに振り回されてるだろ?」
「そうそう、嫌なことされたらすぐ言ってね」
「え〜ひどくないみんな?お兄ちゃんそんなに信用ないの?」
「あるわけ……ない!」
「なんで溜めた?カラ松」
 クスクスと笑いながら自然とおそ松兄さんの隣に寄り添ったなまえちゃん。久しぶりに6人で揃うと、やっぱりしっくりくるというか、欠けていた体の一部が元に戻ったような、そんな感じがする。たぶんこれはみんなも感じている事じゃないのかなぁ?
 みんな少し変なぎこちない顔をしてお互いを見て、大げさな感動の涙も抱擁もなかったけれど、それでもいつもより早いペースで酒を飲むとすぐに昔のような軽口を言い合うまでになった。
「でさぁ!こいつ俺のエロ本で……」
「いっっつまでその話すんだよこの糞長男!!お前のそのデリカシーのなさほんとどうにかならないの!?」
「うるせぇなシコ松 」
「シコ松って誰だ!」
 だいぶお酒が回っているらしいおそ松兄さんは饒舌に昔話を語った。ふらふらと手元がおぼつかなく、今にもお酒をこぼしそうだ。そんなとき、ふと気づけば隣のなまえちゃんが自然におそ松兄さんの手から御猪口を取り上げて零すのを未然に防いでいる。おそまつ兄さんがつまみを零してもすぐにさっと拭いてしまってなんの痕跡も残さない。それは2人でいるときの癖というか、2人が夫婦である時間に培った息の揃え方、のようなものだった。こんなふうに自然な振る舞いを見せられると、2人は夫婦なんだなぁ、と改めて感じた。
 なまえちゃんはよくできた人で、お酒やおつまみが無くなりそうになるといち早く察知して、さっと席を立ってすぐに何か拵えてしまう。父さんと母さんの方にも気を配るのをかかさず、おそ松兄さんのフォローももちろんする。その上自分が酒に飲まれるようなこともせず、しかし無理に断って場の空気を悪くすることもなく、聞き役に徹している。みんなで昔話をするときには相槌を打ち、話を振られたときには愛想よく答える。本当にこんなによくできた人がなんでおそ松兄さんの嫁なんだろう、有史以降最大の謎だ。
 やんややんやとバカ騒ぎをして、紅白も見て、大晦日は久しぶりに大騒ぎをして終わった。日付も変わったころ、僕たちは寝ることにした。チョロ松兄さんは既に潰れている。チョロ松兄さんをおそ松兄さんが支えてなまえちゃんを振り返る。
「客間に布団敷いてな。俺もそっちで寝る」
「あら、私は1人で構いませんよ」
「いやいや、1人は寂しいだろ?俺が一緒に寝てやるから」
 チョロ松兄さんを引きずりながら二階に上がった兄さんを見送るなまえちゃん。
「……いつもね、あんな感じなんです。お酒が入るとすぐに弟がー六つ子がーって」
 くすくす笑いながらそう言った。
「私、みなさんに恨まれて仕方ないと思ってたんです。おそ松さんを取ってしまって」
「いやいや、恨むなんてそんな。むしろおそ松兄さんがなんかと結婚してもらって……」
 本当は、おそ松兄さんが結婚した直後はなまえちゃんのことを逆恨みしてた時期もあったけど。さすがにイタイなって思ってやめたんだ。
「でも今日、みなさんが優しく迎えてくださって本当に嬉しかった。これは私からのお願いなんですが、今日皆さんで一緒に寝てやってくれませんか。たまにはお兄ちゃんを甘えさせてあげてください」
「……うん」
 一松兄さんと顔を見合わせてうなずいた。本当にいい人に出会えたんだな、おそ松兄さん。やっぱり恨むのはおそ松兄さんの方にしよう。
 僕は今ので感動しておいおい泣いてシスターとかなんとか言ってるカラ松兄さんを引きずって二階に上がった。
 懐かしい長布団を敷いてチョロ松兄さんを寝かせたところらしいおそ松兄さんに一松兄さんが飛びかかって寝技をかける。
「ギブ!ギブギブ!!いきなりなに!?」
「てめえこの家でイチャイチャなんかさせねぇからなぁ!?」
「お前は俺たちと共にむさ苦しいこの布団だ……バーン」
「なんでかっこつけたの!?イッタイねぇ!!」
「なんだよまたお前らと一緒かよ!!」
 そんなこと言ってるおそ松兄さんの顔はどこか嬉しそうで。このブラコンめ、と心の中で呟きながら久しぶりの兄弟水入らずの空間に足を踏み入れた。



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