約束



お互い別々のことをしながらなんとなく流していたテレビ。そこから流れてきたバレンタイン特集という言葉に、そういえば今年のバレンタインはどうしようかなあと顔を上げた。二月は毎年年度末の書類作成など仕事に忙殺されがちである。そのためここ数年は既製品をあげるだけになっていた。今年も時間に余裕があるというわけではないが、簡単なものでも手作りしようかな……と考えていると、ソファで雑誌を読んでいた仙道くんが口を開いた。
「……今年はオレもチョコあげたいんだけど、どんなのがいい?」
「え?チョコって言う仙道くんめっちゃ可愛いからもっかいチョコって言って?」
「チョコ」
「二乗して」
「チョコチョコ」
「かわい〜〜〜〜!!」
「で、どんなのがいい?」
慣れた様子で脱線した軌道を修正する仙道くんに、「そんなに気遣わなくていいのに」と笑った。
「それはこっちのセリフ。毎年忙しいのに準備してくれるから、オレも返したいってだけ」
「うーん……あ、じゃあ一緒に作ってみる?チョコ」
その提案に、仙道くんは少し驚いたような顔をしたあと、笑って頷いた。



「本日作るのはこちらです」
今年のバレンタインは平日のため、バレンタイン直前の休日、普段は一人で立つことが多い我が家のキッチンで仙道くんと並び立っていた。言わずもがなチョコを作るためである。仙道くんが隣に居るだけでいつもはそんなに狭くないキッチンがぎゅうぎゅうに詰まっている感覚がする。換気扇に髪の毛が当たっている仙道くんは、私が取り出した生チョコのキットを見ると、不服そうに唇を曲げた。
「……オレのこと小学生だと思ってねえ?」
「奢ってはいけません。何事も基本が大事。バスケと一緒」
そう言いながらキットの中身とバターと生クリームを並べた。
「女の子は小学生のころ板チョコを溶かしてカップに入れて固めるものを作るという段階を踏んできてるんだから、チョコ作り初心者の仙道くんにはこれで十分です」
そう言うと仙道くんはしぶしぶレシピの書かれた紙を手に取った。
「生チョコは簡単なのに手間掛けました感が出るし美味しいから良いんだよぉ」
ほとんど私の都合というか趣味というか。それでも仙道くんは私の表情を見ると「まぁいっか」と笑った。
「それじゃあまずは湯煎だね──」



特に危なげもなく、三十分程度ですべての行程を終え、冷蔵庫で冷やすこと一時間。固まっているのを確認して、カットしてココアパウダーをまぶすと、立派な生チョコが出来上がった。
「完成〜〜!!」
パチパチと小さく拍手をすると、仙道くんもつられて拍手をした。可愛すぎる。無駄に拍手の音がデカいのも可愛い。
「よ〜しラッピングだ〜〜」
そう言って事前に準備しておいた小箱を取り出すと、仙道くんは額に手を当てた。
「ラッピング!!その発想はマジで男にはない」
「あはは、そうかもね」
「なんで言ってくれねえの」
いじけたような仙道くんも可愛くてヘラヘラと笑ってしまう。
「私はどうせなら用意したかったってだけだから、気にしなくていいよ。どうせこのあとすぐ食べるんだし」
「……来年はオレも用意する」
どこか悔しさを滲ませながらそう言う仙道くんが、当たり前のように来年の約束をしてくれるのが嬉しくて、歳を重ねるごとに涙腺の弱くなっている私は慌てて俯き涙を隠した。
箱の中に作ったばかりのチョコを詰めて、入り切らなかったものはお皿に並べて。飲み物も準備して二人でテーブルの前に座る。
「できたねぇ」
「できたな」
いただきます!と声を揃えて元気に挨拶をし、生チョコを口に運ぶ。
「おいし〜〜〜〜」
「……うめえ」
驚いたように「あんなに簡単なのにこんなに本格的なの作れんだな」と呟く仙道くんに、そうでしょうと頷いた。
「来年はレンジ解禁しようか。チョコプリンとかいいかも」
「前もらったやつみたいなの作れるようになるまでどれくらいかかんだろうな」
「どうせこれからの人生長いんだから、ちょっとずつステップアップしていこうよ」
そう言うと仙道くんは諦めたように笑って「分かった」と呟いた。このやわらかくてあたたかくてあまい気持ちが、仙道くんと同じだったらいい。
「……で、ラッピングってどこで買えんの」
その言葉に大きく笑って、来年はお買い物も一緒に行こうねとまた二人の約束を増やした。



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