境界線



千鳥足で歩く女は、一目で酔っ払っているということが分かる様相だった。彼女がここまで酔っ払うことは珍しいのだが、久しぶりに会った友人との飲み会でつい羽目を外しすぎてしまったのだ。なまえがふらふらと自宅を目指して住宅街を歩いていると、唐突に前方から歩いてきた男に名前を呼ばれた。
「あれ、仙道くんじゃ〜ん」
スキップのなり損ないのような足取りで仙道に近づく。この仙道という男はなまえに好意を寄せる高校生で、なまえが高校を卒業するまで返事を保留している相手だった。
「こんな時間にどうしたの〜?ランニング?」
なまえが上機嫌にそう話しかけると、仙道は「そんなわけないでしょ」とため息をついた。
「迎えに来たんだよ」
今日飲み会だったろと言って、仙道はなまえと並んでアパートまでの道のりを歩いた。
「う〜れし〜な」
普段なら、こんな時間に出歩くなすぐに帰れと言われているところだ。それに、自分の家にだってついてこさせないだろう。しかし、今日はそんな説教も出ないくらいに酔っているらしい。
自分の前では酒なんか一滴も飲まないくせに。自分の知らない顔があると思うと、胸がモヤモヤした。こういうところがガキなんだろーな、と思いつつ、仙道は部屋までなまえを送った。
部屋に入るとすぐにリビングのソファに倒れ込むなまえに、キッチンに向かいながら「水飲む?」と声を掛ける。冷蔵庫からペットボトルを取り出してソファに近寄ると、なまえからは「飲ませて〜……」という言葉が返ってきた。普段なら有り得ない返答に数秒動きを止めてしまう。
「それは……どんなやり方でもいいってこと?」
そう尋ねると、なまえはのそりと体を起こした。
「それ、聞いちゃうんだ」
フッと笑って仙道からペットボトルを受け取り自分で飲むなまえに、仙道は完全に子供扱いされていると拳を握りしめた。自分でも日和ったことをしたという自覚があったから、自分を責めるしかない。バスケだったら、こんなミス犯さない。絶対に決めていたチャンスだった。
「メイク落とし取ってぇ〜、そこの引き出し」
言われるままにメイク落としシートを取って、なまえの隣に並んで座った。なまえは化粧を落とすと、仙道の肩に頭を預けた。
「あ〜も〜動けない〜お風呂入れない〜」
そう唸るなまえに、今度は自分から仕掛ける。心臓がうるさくて、自分でもダセェと思った。
「……一緒に入る?」
なまえは揺れていた体をピタリと止めた。いつもなら未成年がそんなことを言うんじゃないというお小言が飛んでくるところだが、今日返ってきたのは静かな呟きだった。
「……なんで私は高校生じゃないんだろうね」
万感の思いの詰まった呟きだった。いつもあしらわれていると思っていた仙道にとって、その言葉は衝撃だった。普段なんで高校生なんだと思っているのは自分の方だったからだ。
「……はやく18になってよ」
懇願するような切実さでそう囁いたなまえは、その数秒後、安らかな寝息を立て始めた。仙道はしばらくそのままでいたが、なまえをベッドまで運ぶと部屋を後にした。
ドアに背をつけて独りごちる。
「あー……あと一年か……」

寝室では、なまえが自己嫌悪に悶絶しながら唸っていた。
「なんであんなこと言っちゃったんだろう〜」
すっかり酔いの覚めた頭で、自分をベッドに下ろした時の仙道の表情を思い浮かべた。
「あーもー……あと一年、長いなぁ……」



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