月祭り



コノサカズキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
(勧酒/『厄除け詩集』)



「本日は"月祭り"!朝から街中がこのようにお祭り騒ぎです!昔から月は我々にとって特別な存在でした。しかも今年は、なんと月祭りの日にブラッドムーンが見られるという非常に珍しい年となっています!前回この現象が起こったのは30年前と言われており──」
ラジオから流れるお祭り騒ぎを聞きながら、朝目覚めた私は左手の薬指を失くした。
昨日まで確かにそこにあった繋がりが、ぷっつりと消えていた。
枕元の携帯電話を握りしめ、ダイヤルキーを押す。握力がゼロになってしまったように力が入らず、なんとか全体重をかけるようにして押した。どうか、繋がりますように……
コール音が途切れる。電話からは静かな息遣いだけが聞こえてきた。相手は何も言わない。
「ウボォーが……」
「…………分かった」
電話はぷつりと切れた。彼も薄々察していたのかもしれない。
ベッドにへたりこんで、顔を覆った。もう何年も会っていない、昔馴染みたち。友人と言うには照れくさく、知人と言うには知りすぎた。私には彼らの生き方は理解できない。生まれが悪くても……いや、悪いからこそ、“普通”の生活に私は憧れた。だから今も、戸籍を偽って、“普通”に暮らしている。
しかし違うからといって、彼らを止めることはできなかった。その代わり、別れる前に印を結んだ。右と左で10本。左の小指はまだ空いている。一人一本。ただ、繋がっているだけ。それでも、この繋がりがある間は、どこかで元気に暴れているんだろう、とふと手を見た時に思い出す。たまに痛むのは、怪我をしているのか、心が痛んでいるのか。ただ、どこかで静かに傷ついている彼らを思うだけで、私は生きていけた。
繋がりが切れた指が、こんなにも脆く無防備なものだったなんて、知らなかった。左手の薬指には、もう何も繋がっていない。

名前を呼ばれ身体を起こすと、もう既に辺りは暗闇に包まれていた。今日が月祭りでよかった。仕事があったら大目玉だ。
顔を見た瞬間、むくむくと怒りが顔をもたげた。
「何よそれ!喪服のつもり!?ふざけないで!」
その綺麗な顔に爪を突き立てて、似合わないスーツを破ってしまうつもりだった。それなのに私にはもうそうするだけの気力も、体力も残っていなかった。
「……クロロのせいだ……!クロロがやめようって言ってたら……みんなきっと違う道を行ってた!!!」
それは違うと分かっていても、誰かに八つ当たりをするしかなかった。
彼は決して立候補したんじゃない。みんなが彼を“選んだ”のだ。
力の入らない手で何度もクロロの胸板を叩いた。その間もクロロは黙って私を包んでいた。

やがてクロロは金製の盃を取り出した。とくとくと一升瓶が音を立てる。
ウボォーはお酒が飲めるようになったのかな。別れた時にはビールを不味い不味いと言っていた。
右手の親指がちくりと傷んだ。盃に注がれた酒には、真っ赤な月が浮かんでいた。



感想はこちらへ