奇跡の降る

黒のレース。
飛んだ瞬間にはためいたスカートから覗いたものに、神々廻はため息をついた。
「パンツ見えてんで」
「サービスサービス」
「サービス言うのはな、相手が喜んどる場合に使うんや。お前のは『ありがた迷惑』」
「神々廻って『死ねどす』って言うタイプの京都人っぽい」
「なんやそれ」
得物のトンカチを振るうとパン、と標的の頭が弾けて。
「オブラートに包んでください」
「アホ。正直に言うんがほんまの優しさや」
周囲に倒れた数十人のターゲットを見回しながら神々廻はフローターに連絡をした。
「毎回注意してやっとる俺の身にもなれよ〜〜」
「私は他人のために私のお洒落を妥協したくない、それだけ」
何度注意しても彼女はミニスカートを履くし、レースや紐がふんだんに施された下着を履く。そういうところが彼女らしいと思ってしまう自分が腹立たしいし、ポリシーを曲げない彼女の下着を見たことがある人間がごまんといることも腹立たしい。



「おま……その恰好どうした」
「は?普通の服でしょ。どっか汚れてる?」
「いや……なんでズボン……」
久しぶりに会った彼女の、普段は惜しげもなく晒されている太ももは今は黒いスキニーパンツに覆われている。珍しくパンツスタイルの彼女はにぱ、と笑った。
「そいえば神々廻には言ってなかったっけ。最近恋人ができたんだよね」
「……は?」
「その人が気にするタイプの人でさ。やめてほしいって言われたから」
彼女の明るい声が耳を通り抜けていく。
やっぱ学校って通うもんなんやな、と思った。まあ俺は地頭が良うないし学校行ったところで変わらんか。
こんなに単純なことだった。「他人」じゃなければ、忠告を聞く女なのだ、こいつは。そしてそれが自分じゃないことがこんなにも腹立たしいのは──
神々廻は口元を手で抑えると、目を細めて彼女を見た。
「……で、そいつ殺連の奴か?」
「え〜気になる〜〜?写真見せたげる」
声に喜色を浮かべながらスマホを操作する彼女に、かつての上司の顔が頭に浮かび、神々廻はため息を吐いた。



太ももで揺れるプリーツスカートを見ると、神々廻は白々しく「スカートでええんか」と聞いた。
「シシバァ〜〜振られた〜〜」
「早ない?」
助手席に乗りこんできた彼女は、「なんか最近急によそよそしくなってえ〜〜やっぱり殺し屋とは無理ってえ〜〜」とボロボロ涙を零した。
「なんでえ?私が殺し屋ってわかってて付き合ったんじゃん〜」
「浮気とちゃう」
「ヴェエ〜〜〜〜」
「レンタカーなんやから汚すなや」
目と鼻から汁を零す女にティッシュを差し出す。
「神々廻今日仕事終わったら飲み付き合って〜〜」
「ええよ」
「うえ〜んやさしい〜〜」
開き直りとか、思考停止とか。自分が間違った道に進んでいる自覚はあった。でも気づいたのが遅かった。気づいた時にはとっくに手遅れで、どっちに転がったって先に後悔が待っている道に立たされていた。……ならもう、少しくらい美味い思いするほう選んだってエエやろ。後悔なら地獄でいくらでも噛み締めたる。そんな投げやりな気持ちで、かつての同僚であり、今ではその面影もない一般人の顔を頭に浮かべた。せめて彼女が、あの程度釘を刺したくらいでビビる男を選ばなかったら良かったのに。
「男見る目ないなぁお前」
大音量で始まった失恋ソングカラオケに「うるさっ」と体を傾けながら、神々廻はハンドルを切った。



「年相応じゃないとかイタイとか、自分の好きな服着るのってそんな悪いこと?」
仕事中に散々涙を流した後だというのにまだ瞳を潤ませている彼女に、ビールを流し込みながら「珍しいやん、なまえがそんなこと気にすんの」と呟く。
「さすがに今回のはメンタルきた……」
「まあ……誰彼構わずパンツ見せんのはどうかと思うけど、なまえは好きなカッコしとる時が一番可愛ええと思うわ」
その言葉に彼女は目を丸くして神々廻を見つめた。涙で潤んだ瞳がつやつやと光る。
「し……神々廻が初めて私のこと可愛いって言った……」
「あ?んなホイホイ言うことやないやろ」
「じゃ、なんで今言ったの」
神々廻は腰を上げると、彼女の隣にしゃがみこんで頬杖をつくと首を傾げた。
「なまえが弱ってるから」
そうして両手を広げる。
「胸貸したるから泣きたいだけ泣き」
「シシバァ〜〜〜〜」
躊躇なく飛び込んでくる彼女を受け止め、躊躇なく抱きしめ背中をさする。
「なんでそんなに優しいの〜」
「あーもー理由探すん面倒いねん。俺がお前のこと欲しなったから……ってことにしといて」
忠告を聞き流されない、なまえの特別が欲しい。
そんなおかしいくらい切実で軽薄な願いを聞いた彼女は神々廻の胸の中で驚いたように顔を上げ、神々廻の顔を見上げた。
「……神々廻と付き合ったら、神々廻に毎日可愛いって言ってもらえる?」
「ログインボーナスみたいやな」
その代わり毎日会うか声聞かすかせえよ、と言うと、彼女はパチパチと瞬きをした。ぽろ、と瞳に溜まった涙が流れていき、彼女は小さく微笑んだ。
「──いいよ。……想像できたから」
神々廻と恋人もいいかも、と囁く彼女の想像を上塗りするように、目一杯の甘やかな声で「笑っとる方が可愛ええで」と呟いた。


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