ウィキッド・ルージュ

 シンくんと、初めてキスをした。
 目が合った瞬間、シンくんに熱くなるほど見つめられ、ぎこちなく肩を引き寄せられた。なんだか私まで緊張してしまいそうなくらいの様子だったから、私はそっと目を閉じた。
 唇を合わせた瞬間に感じたのは、ふわっと感じた燻る匂いだった。離れていったにがい唇に、私はパチリと目を開いた。その瞬間バチッとシンくんと目が合って、シンくんはいつから目を開けていたんだろうと一瞬頭に過ったけれど、それよりもと私は口を開けた。
「シンくんってタバコ吸うんだね」
「え?」
 一瞬、言われていることが分からないと言うようにシンくんはぽかんと口を開けた。
「タバコの味」
 そう言ってふふっと笑えば、シンくんはまだ惚けている。私は一度もタバコを吸ったことがないから、初めて感じたタバコの味はシンくん経由のものだということになる。
 会社で上司からタバコの匂いがした時はあまりいい匂いだとは思わなかったけど、その匂いがシンくんからするというだけで、好きな匂いになってしまう私はなんて単純なんだろう。きっと、タバコの匂いが気に入ったんじゃなくて、シンくんの匂いとタバコの匂いが合わさって、私にとってなんとも言えない魅惑的な匂いになっているんだろう。そう思ったけど、流石にそんなこと言われたら気持ち悪いだろうから胸の中に仕舞っておく。
 たっぷりと惚けていたシンくんは、ポケットからタバコの箱を取り出すと、ぐしゃっと握りつぶした。
「禁煙します……!!」
「え?」
 思わぬ方向に話が進んで、今度は私が惚ける番だった。
「待って待ってシンくん、そういう意味じゃなくて、」
「……すみません……!! なまえさんが嫌な思いしないように、俺がんばります!!」
「シンくーん……」
 こうと決めたら真っ直ぐその目標まで突き進んでしまうシンくんは、私の手を握りしめると、子どものように真っ直ぐな瞳で私を見つめた。どうやらシンくんは私の言葉を否定的なものだと捉えたらしい。そうじゃないのに。
 ……まあ、禁煙すること自体はシンくんの体にいいわけだし、シンくんがそう決めたなら、私が「やめてほしくない」って言うのも、おかしな話かも……
「がんばってね……」
 とりあえず応援したが、シンくんからタバコの匂いを感じることがなくなるのかと思うと、少し寂しかった。
 しかし、禁煙はそんなに簡単ではないようだった。
 それから数日後に会ったシンくんはソワソワと落ち着かないというか、どこかイライラしているように見えた。
「吸いたいなら、吸えばいいのに」
 笑いながらそう言うと、シンくんは目を丸くした。
「なまえさん、タバコ嫌じゃないんですか」
「だから、私は嫌なんて一言も言ってないでしょ? シンくんが決めたことだから応援してただけ」
「いや、でも……女の人ってタバコ嫌いな人多いし」
「それって実体験?」
 意地悪でそう言うと、シンくんはばつが悪そうに視線を逸らした。今のはちょっと可愛くなかったな、と反省をして、「私は、好きだったな。シンくんの匂い」と明るい声で言った。
「なんか、クセになる匂いっていうか……シンくんからタバコの匂いと味がすることにドキドキしちゃった」
 気恥ずかしくて、手で口元を隠しながらふふふと笑ってそう言うと、突然隣のシンくんがバタンと倒れた。
「エロすぎる……」
「まだまだ思春期だねえ」
 腕で目を隠したシンくんをつつくと、「だから、吸いたいなら吸っていいよ」と言った。
「……いや……ここでやめるのはダセェし……」
「じゃあがんばれ」
「うす」
 がばっと起き上がったシンくんは、「あーでも、ちょっと分かるかもしれないっす」と言った。
「なにが?」
「なまえさんとキスした時、リップの甘い味したんですよね。そんな感じ?」
「わあ、気づいてたんだ、嬉しい。デートの時は毎回美味しいリップ選んでたんだよ」
 リップは食べるものではないということは分かっているけど、唇につけるものだから、食事をする時など、必然的にその味を知ってしまう機会は多い。だから、手持ちのリップの中でも苦いものや化学的な味がするものはシンくんとのデートの時にはつけていなかった。キスする時、甘い味とか、匂いが、少しでもシンくんに残っていてほしいから。
 そう言うと、再びシンくんがバタンと倒れた。
「エロすぎる……」
 再び腕で目を隠してしまったシンくんに私は声を上げて笑った。衝動に突き動かされてシンくんの髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜると、「いつまでも慣れないでね」と目を細めた。


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