pittoresque
- 「ねえおにーさんなにしてんの」
「……ほっとけ」
「いやいや、ほっとけないでしょ」
路地裏で、居酒屋の生ゴミが入ったゴミ袋をクッションにして寝ている金髪の男をつつく。
「お困り? うちくる?」
「関わんねえほうがいいって分かんだろ、んな恰好したやつ」
「でもさあ、今日私星座占い最下位だったんだよね。良いことしたら運気上がるんだって」
おにーさんは私が「占い」と言った瞬間ひどく顔をしかめた。
「歩けそ?」
無理やり肩を貸して立ち上がろうとすると、私より背の高いおにーさんの方が転ばないように慌てて身を起こして体を支えてくれた。
「っあぶねーだろ!!」
「あはは、元気元気」
足をケガしているのか、ひょこひょことかばいながら歩くおにーさんに、もう見えているアパートを指さす。
「あそこまでがんばれー」
「……後悔すんぜ、俺と関わったこと」
「えっ、スパイ映画の中の方?」
そう訊くと、おにーさんは顔を赤くして「うるせーな!!」とどなった。
「おにーさんは、お風呂入りたい? 寝たい?」
ワンルームの中で居心地悪そうにしているおにーさんにそう訊く。
「お前が決めれば」
「なんで私?」
「ここお前んちじゃん」
「でもおにーさんの体はおにーさんのじゃん」
「ご飯が先でもいいよ」と言うと、おにーさんは「……風呂」と言った。シャワーだけでいいと言うから、着替えとタオルだけ渡して、その間にケトルでお湯を沸かした。
すぐに出てきたおにーさんに、「早くない?」と言ったら「こんなもんだろ」と答えた。男の子だな〜と思った。
「ごめん、すぐ食べられるものこれしかなかった」
そう言いながらカップラーメンを差し出すと、おにーさんはまたひどく顔をしかめた。
「え、カップラーメンきらい?」
「……嫌いじゃねーよ」
途方に暮れた子どものような、拗ねた大人のような顔でおにーさんが言う。お湯を注いで与えると、おにーさんは「嫌々」という感じで食べた。
「カップラーメンそんな美味しくなさそうに食べる人初めて見た」
「ほっとけ」
食事中のおにーさんに「足出しな〜」と言う。
「ケガしてんでしょ?」
「ほっときゃ治る」
「オオカミに育てられた方?」
「うっせーな」
「まあほら、出しな出しな」
無理やり裾を捲り上げると、そこには思ってたより生々しい傷痕があった。
「うえ……これどーしたの」
「……石が飛んできた」
「そんなことある? バトル漫画の中の方?」
ついでに手当てをしてあげようと思っていたけど、うちにある絆創膏では明らかに力不足だ。
「消毒だけでもしとくかー」
ガーゼに消毒液を染み込ませて傷口を触る。おにーさんは特に顔色も変えずにじっとしている。
「……消毒終わったらとりあえず寝な。顔ヤバいよ」
「うるせー……」
「ほら、寝るならベッド使って」
追い立てるようにおにーさんをベッドに寝かせると、自分は床に寝転がった。どこでも寝られる体質で良かった。
スマホをいじっているうちにいつの間にか寝てしまっていたみたいで、深夜、優しく揺り起こされて目が覚めた。
「んえぇ……何……」
目をしばしばさせていると、男が私の上にいた。数秒かけて、さっき拾ったおにーさんのことを思い出す。
「どしたん……」
「……一宿一飯のレーだ」
なんかアニメの中で聞くような小難しい言葉を使って、おにーさんが私の体に触れた。
「気持ちよくしてやる」
「えー、何それ……そんなのいいよ、礼とか」
私の自己満足だもん、と言うと、それじゃ俺の気が済まないと言う。
「俺にできんのこんくらいなんだよ」
「案外律儀なんだねえ」
「るせー」
少しだけ気まずそうな顔をして、おにーさんが「そこそこ上手いと思う」と言った。
「なにが?」
「お前の気持ちいいとこ当てるの」
そう言うと、おにーさんはじっと丸い目で私を見つめて、私の脇腹をくすぐった。
「……プロの方?」
「はあ?」
宣言通り、的確に性感帯を責められ、めちゃくちゃ気持ちよくされた私は、荒い息を整えながらそう訊いた。
「いやなんか……そういうお店で働いてたりする?」
「ちげーよ」
「あー、じゃあプロのヒモだ」
「それもちげぇ」
「……まあ、行くとこないならしばらくウチいていいし、嫌だったら出ていってもいいよ。自分で決めなよ」
「じゃあ出てく」
「おっけー、じゃあ明日の朝までは寝てな」
「は? なんで朝までいなきゃなんねーんだよ」
「夜は寒いからね」
「……」
呆れたように目を細めたおにーさんに、「おやすみ」と言って寝る体勢に入ると、おにーさんはしばらく迷うようにじっとしていたが、私が構わず二度寝に入るとやがてベッドに寝転んだ。
「見て!」
翌朝、私はまだ寝ているおにーさんを叩き起してニュースの画面を指さした。
「あ……?」
眠そうに目をしょぼしょぼさせているおにーさんに、星座占いの画面を見せる。
「今日私一位なんだけど!! おにーさんのおかげだねぇ!」
おにーさんの手を取ってはしゃぐと、おにーさんはぽかんと目を丸くした。
「占い……って、あれマジで言ってたのかよ」
「もちろん」
ラッキーカラーはゴールド、という占い結果を見て、私は目を細めておにーさんを見つめた。
「おにーさんに幸せもらっちゃった〜! よーし、仕事がんばるぞー!」
その場でくるくる回ると、おにーさんは付き合ってられないとばかりにバタリとベッドに寝転がった。
「まだ寝る?」
「ん……」
「りょーかい」
あどけない寝顔で気持ちよさそうにシーツにくるまっているおにーさんを見て、私は家を後にした。
帰宅した私を待っていたのは、不機嫌そうなおにーさんの顔だった。
「てめー、見ず知らずの男を残したまま出かけんじゃねーよ」
「まだいたんだ」
「鍵ねーから出られなかったんだよ!!」
その言葉に噴き出してしまう。
「おにーさんってさ、ほんといい人だよね」
「……は?」
「悪人は他人の家の戸締りのことなんか気にしないよ」
「……お前は知らねーんだよ、俺がどんな人間か」
パカッと冷蔵庫を開けて、「あ、ちゃんとご飯食べてるね」と言うと、「聞けよ!!」と怒鳴られる。
「私帰宅後すぐお風呂入りたいタイプの人間だからちょっとごめんね」
「いや、俺は……」
「お米研いどいてくれたら助かる〜」
お風呂場に引っ込んでシャワーを浴び、部屋に戻ってくるとすでに部屋の中には炊けたお米の匂いが満ちていた。
「お米ありがとー」
「……俺はもう出るからな」
「えー、おにーさんのぶんも食材買ってきちゃったよ」
冷蔵庫から肉と野菜を取り出しながらそう言うと、おにーさんは押し黙った。
「せっかくならご飯食べていきなよ」
ぽかりと口を開けて絶句しているおにーさんのぶんまで、ちゃちゃっと肉野菜炒めを作る。
「お皿運んで〜」
二人でローテーブルを囲んでご飯を食べていると、おにーさんが「……お前みたいなやつが『普通』なのか」と呟いた。
「えー? まあ、普通じゃん? わかんないけど」
「そうか……」
「なに?」
「いや……やっぱ俺は『違う』んだなって思っただけだよ」
自嘲ぎみに笑うおにーさんに、「てかさ、」と言う。
「不便だから名前つけていい?」
「俺は猫かよ」
「おにーさん、金髪だからキンくんね」
「ダッセ」
「我が家のハムスターと同じ名前だよぉ」
「ハムスターかよ……」
がくりと肩を落としたキンくんに、ケラケラと笑う。キンくんは律儀にお皿を洗うと、私をベッドに座らせた。
「今日の分」
「今日?」
キョトンとすると、「今日は二食ももらった」と不服そうに言う。あ、確かに昨日「一宿一飯の礼」って言ってたかも。
私はまた噴き出すと、「キンくん、ほんとにいいやつだねえ」と笑った。
「はあ? だからなんでそう……」
「んー、今日はエッチじゃなくて、寝かしつけてほしいかも」
「……寝かしつけ?」
「なんかお話して。なんでもいいよ。桃太郎でも浦島太郎でも。眠くなるくらいつまんないやつ」
「俺そういうのよく知らねえ」
「じゃあ創作だ」
「は? なん……」
「はーやーく」
「……む、昔あるところに太郎がいました……」
「ただの太郎?」
「この太郎は最強の殺し屋だ」
「マジか。今度の太郎は殺し屋か……」
「マジでかっこよくて誰もかなわねー、最強だ」
「語彙……」
「今日は太郎が一人で一つのマフィアを壊滅させた話だ」
「おお」
太郎の手に汗握る活躍譚に、私はすぐに引き込まれた。
「……で、太郎は無傷でマフィアを一つぶっ潰した」
「太郎カッコよすぎる〜!!」
「だろ!?」
「そのあと太郎はどうなんの?」
「あー、一般の人と結婚して殺し屋を辞める」
「えー! なにその展開! 続編希望!」
私は横向きになっていた体をごろりと仰向けにすると、「てかつまんないやつって言ったじゃん!」と文句を言う。
「これじゃ寝れない〜!!」
「はよ」
翌日起きると、今日はキンくんが先に起きていて、目玉焼きを作っていた。その香ばしい匂いで目が覚めたのだ。
「てめー昨日寝れないっつった三秒後に寝てたぞ」
「寝付きいいんだよねえ……」
「顔洗ってこい」
のそのそ起き上がって洗面台に向かうと、トースターから軽やかな音が鳴った。
部屋に戻ると、机の上には朝食が用意されていた。
「おおー、ありがた……」
もそもそパンをかじる。テーブルの上にはいくつかのDMやチラシが置かれていた。
「郵便受けも確認してくれたの?」
「あ? ああ」
「できるぅ〜」
ほとんどが捨てても構わないものだったけど、その中に一つ再配達のお知らせが混ざっていた。
「……ヤバ!」
期限を見ると今日までで、一番遅い時間の指定は19時からだったけど、そこまでに絶対帰宅できるかどうかは怪しい。
「キ……キンくん〜〜……」
ダメもとでちらりとキンくんを窺うと、キンくんはハアとため息を吐いた。
「……ほんとにこれで最後だからな」
「キンくんほんとにありがと〜助かった〜」
通販で買っていた化粧品を受け取ることができ、ほくほくと笑う私に、キンくんは「今日こそは出ていくからな」と言う。
「あ、じゃあそこまで一緒に行こ〜。コンビニでアイス買いたい」
ぐぬ……と歯噛みしたキンくんは、やがて諦めたように息を吐き出す。
「これ、新作のアイス……どっちの味にしよ〜」
「知らねーよ……」
もう両方買えば、と言うキンくんに、「ナイスアイディア〜!」と言って、両方レジに持っていく。
「……じゃ、俺はこれで」
「エッ! 食べないの!?」
「は?」
「キンくんと半分こすると思って二個買ったのに……」
「……」
……とまあ、こんな感じでキンくんはズルズルとうちに居続け、私たちは一緒にご飯を食べたり映画を見たり買い物をしたりたまにセックスしたりしていた。
そして、不便だろうからと合鍵を渡した翌日、キンくんはいなくなった。郵便受けには、合鍵と「世話になった。ありがとう」というメモが残されていた。
「ほんと、キンくんは律儀でいいやつだね」
小さく笑った私は、メモに書かれた字をなぞるようにじっと見つめたあと、くしゃりと丸めて捨てた。
▽
キンくんと再会したのは、街の雑踏の中だった。きらっと光る金髪は、別にそこまで珍しい色でもないのに、私は一目でキンくんを見つけた。彼は緑色のエプロンを身につけ、同い年くらいの男の子と親しげに話していた。
「キン……」
途中で押し留めた声は、そんなに大きくなかったのに、キンくんもまた、私のことをすぐに見つけた。キンくんはにかっと大きく笑うと、私に向かって手を振った。
「……なんだ、そんな顔もできるんじゃん」
太陽のように眩しく、網膜に焼きついたその笑顔に、私も小さく笑う。キンくんは私に背を向けると、もう振り返ることなく去っていった。
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