掌上の愛

「いて」
休日、私の部屋で恋人である夏生と過ごしていると、トイレから戻ってきた夏生が半開きのドアに激突した。ぶつかった時のドカンという大きな音に驚いて私は夏生の方を見た。
「大丈夫!?」
「あ〜……平気」
そう言うけど、夏生は朝から様子がおかしかった。ずっと上の空だったし、靴下左右で違うし、ドリップタイプのコーヒーをお湯に溶かしていたし。これはおかしい、と思って何の気なしに夏生の首に触れた。
「あっつ!」
私は慌てて夏生の服を引っ張って夏生を屈ませた。それにも抵抗する力がないくらい夏生は弱っているらしかった。おでこに手をやると絶対に発熱している温度で、私はすぐに夏生をベッドに押し込んだ。体温計で熱を測ると39度を超えていたので、氷枕を作ってやる。
「お粥食べられる?」
「んー……ちょっとなら」
「わかった」
キッチンにお粥を作りに行くと、いつの間にか起き出してきた夏生に後ろから抱きしめられる。
「寝てなきゃダメだよ」
「やだ」
「しんどいでしょ、もー」
私の肩に額を乗せる夏生。普段は絶対にしない甘えた仕草にこんな状況だったが私の胸はキュンキュンと鳴っていた。
手早くお粥を作ると、絡みつく夏生をいなしながらベッドに戻って夏生にお粥を食べさせる。その後解熱剤を飲ませると、私は洗い物をしようと立ち上がった。しかし夏生に手首を掴まれてしまい、私の足は止まった。
「……ここにいてくれ」
そんな熱で潤んだ瞳で見られたら、拒否なんかできなかった。私は夏生が寝つくまで傍にいてあげようとベッドに腰を下ろした。
「……ごめんね」
「……なにが」
「しんどかったら、今日の予定ドタキャンしてくれて良かったのに」
「俺が、会いたかっただけだし……」
素直な夏生の言葉に胸元を握りしめて耐えていると、くい、と手を引っ張られた。
「何?」
少しだけ夏生に顔を近づけると、いつの間にか後頭部に手が回っていて、唇を塞がれていた。夏生の口内は火傷しそうなほど熱く、このまま溶けてくっついちゃうんじゃないかと思った。
「うつるじゃん……」
口が離されたあとでそう文句を言うと、「うつったら俺が看病してやるよ」と小さく笑われた。

そして案の定、私は夏生からインフルをもらった。
「も゛〜〜さいあく〜〜」
熱は下がらないし身体中痛いし喉ガラガラだし。しかも今週末は同窓会の予定だったのにそれもキャンセルしなきゃならなくなった。
「俺が代わりに欠席の連絡してやろうか?」
しれっとそんなことを言う夏生に、私は違和感を抱いた。この男がこんなに気が利くタマだろうか。
しかし私の声はダミ声でひどいものだったので、私は代理で夏生に同窓会キャンセルの電話をしてもらった。夏生はやけに上機嫌で、私が指示する前に幹事の電話番号へと電話をかけ始めた。
……もしかして。同窓会に行くと言った時、夏生は「あっそ」とそっけない返事をしていたが本当は嫌だったんじゃないか。あの日、夏生は本当は自分がインフルなのをわかっていたんじゃないか。すべては私にインフルをうつすためにしていたんじゃないか。だってこの男が、少し熱が出たくらいであんなに甘えたりするだろうか。そういえば以前風邪をひいた時、夏生の態度はいつも通りだった。
「約束通り、俺が看病してやるよ」
やけに嬉しそうにニヤニヤと笑っている夏生が最後のパズルのピースとなってハマる。
「く゛そやろう……」
「なんの話?」
飄々とそう言う夏生を睨みつける。
「こえ〜。俺はこんなに好きなのになー」
わざと嘘っぽく聞こえるようにそう言っている夏生だけど、その言葉の重さを嫌というほど実感した私はため息をつきながら「知ってる゛よ……」と言った。


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