毒気に当てられる

「ごめんね、それは受け取れないや〜」
一ヶ月前から何度も練習をして、昨日深夜までデコレーションとラッピングを施したチョコレートはあっさりと受け取り拒否された。
「あ、わ、私が、毒殺科だからですか」
数少ない同期の女の子共通の悩みといえば、「毒殺科というだけで食べ物を受け取ってもらえない」だ。まあそれは、好意をほのめかして男の子を毒の実験台に使った先輩達のせいでもあるのだが……
「ど、毒は、入れてません、ほんとです」
必死にそう伝えても、南雲先輩はいつものようにやんわり笑うだけだった。
「んー、そうじゃなくて、本命でしょ、これ」
南雲先輩は、絆創膏だらけの私の指をつつくと、「だから、これはもらえない」ときっぱり言った。
それは、チョコをあげたとしても南雲先輩の気持ちが私に向くことは100%ないということで、南雲先輩が私の気持ちを受け止めるつもりも一切ないということだった。
光を受けた南雲先輩の瞳の色のような、暗い赤色のラッピングバッグがじわりと滲む。
なんて誠実な人だろう。なんて残酷な人だろう。
13歳の私を打ちのめしたのは、完膚なきまでの失恋だった。



JCC卒業後入社早々関西支部に配属され、慣れない土地でも七年勤勉に頑張った私は、スラーによって人員も設備もほぼ半壊された関東支部に派遣されることになった。しかも辞令は一週間前に出されたばかりだ。こんなことがあってたまるか。
しかし一介の会社員の私にそれを拒否することはできず(殺連の社員はみんな血の気が多くて怖いのだ)、新しい土地で心機一転頑張ろうと思ったのも束の間。
「久しぶりだね〜!」
こんなところで会うとは思っていなかった人物との再会に、私は顔を引き攣らせた。といっても、南雲先輩との接点なんて、一度バレンタインにチョコを渡そうとして断られた、というだけだ。
それ以降は同じ学舎で過ごしていながら話すことも南雲先輩が私の姿を目に入れることもなかった。南雲先輩は正しく雲の上の存在だったのだ。だというのに、南雲先輩は私に親しげに話しかけてくる。誰かと間違えているのだろうか。
「あの、どなたかとお間違えじゃ……」
「え?間違ってる?一回チョコくれた毒殺科の子でしょ?」
覚えてくれて、いた。それだけで私の頭は熱くなってしまう。別にずっと南雲先輩のことを一途に思っていたとか、忘れられない初恋の人というわけじゃない。ここ数年は正直存在すら忘れていたし、私だって南雲先輩以外の男の人とそれなりに恋愛経験を積んできた。それなのに、やっぱり嬉しいと思ってしまった。関東支部にやって来て良いこともあるじゃないか。苦い初恋の思い出が、こんなに素敵な思い出に変わるなんて。
「いえ、覚えてくださっているとは思ってなかったので。光栄です」
温かい気持ちでそう微笑むと、南雲先輩は「覚えてるよ」と笑った。
「少し惜しかったかなって思ってたから。でさ、僕とセックスしない?」
「はい?」
ここ最近異動や引越しで疲れてたから変な聞き間違いしちゃったな、と思いながら聞き返すと、南雲先輩は「ちょうど都合いい相手が欲しかったんだよね〜」と軽薄に笑った。
「今の君なら面倒なことにならなさそうだし、どう?」
なんて不誠実な人だろう。なんて残酷な人だろう。
私の初恋を返してほしい。
「じゃ、今日定時に迎えに行くから〜」
それだけ言うと私の答えも聞かずにヒラヒラと手を振って去っていく南雲先輩の背中を呆然と見つめることしかできなかった。
ああ関西支部。ガラ悪いなんて思ってたけど、今はそちらが恋しくて仕方がありません。東京の人間は爛れに爛れていました。


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