アイシテルのサイン

 会議中、朦朧としていた意識が音によって現実に呼び戻された。
 コン、とペンか何かで机を突く音。それから、シュッと机の天板を引っ掻くような音。規則性を持って何度も繰り返される音に、じっと耳を傾けてみる。
 ……P……じゃない、和文モールスか。ちらりと二つ隣の席に座っている南雲を見ると、案の定その音の出処は南雲だった。
 ヒマ、ヒマ、ヒマ、ヒマ……
 何度も単調に繰り返される南雲の訴えに、私もモールスで答えてやる。
 ウ、ル、サ、イ。
 ぴた、と南雲の指が止まり、次の瞬間絡む相手を見つけたとばかりに今までとは比べ物にならないくらいの速さでまくし立てるようにモールスで会議の退屈さを訴えてくる。
 隣の神々廻がちらりと私に一瞥をくれた。その視線には呆れが篭っていた気がする。
 確かに、殺連のお偉方が決めたことをただ「報告」するだけの会議に、現場の私たちは出席しなくてもいいのではないかとは思う。会社員の悲しい宿命で、どうせ私たちに口を挟む余地は与えてもらえない。
 甘いものがほしいとか外の空気を吸いたいとか今ここで進行役のカツラを取ったらどうなるのかとか、いつもみたいにどうでもいいことをコツコツシュッシュッと指先で話す南雲。その指先の動きは流れるように美しく、解読するので精一杯で、返事をする余裕はとてもない。たまに聞き逃すけれど、前後の文脈で何となく言っていることは分かるし、というか別に聞き流していいことしか喋っていない。
 お、す、し、た、べ、た、い……
 わ、゛、か、か、……?
 ぼんやりと聞き流していたのだが、最後に付け足された四文字がどうしてもうまく聞き取れなかった。集中力が切れてきた証拠だろう。もう一回、とこちらからメッセージを送るよりも先に、会が閉じられてしまった。
「お前らなんかしてたやろ」
「えっ?神々廻も聞いてたんじゃないの?」
「分かるかい。なんの暗号や」
「モールス信号はスパイの必修科目だよね〜」
 そう言ってニコニコと私の顔を覗き込んでくる南雲に、とりあえず「ね〜」と同調して、席を立つ。
「ねえ、最後だけ聞き取れなかった。なんて言ったの?」
 そう訊くと、南雲は瞳をニッコリと弓なりにして私の耳に口を寄せた。
「ア、イ、シ、テ、ル♡」
「そういうのいいから!」
 パタパタと耳の横で手を振って南雲の顔を追い払うと、会議から解放された心地良さから、私は南雲に笑いかけた。
「お寿司食べに行こ!」


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