ハートのメロディー

 私は男性にモテない。その理由は自分でもよく分かっていて、私には圧倒的に「可愛げがない」のだ。
 私は感情を顔に出すことが苦手で、常に無表情な上に口下手なのである。だからよく「怒ってる?」とか「つまんないならもういいよ」と男の人を怒らせてしまうのである。
 そんな私に恋人ができた。
 よく行く個人商店で働いているシンは、こんな私にも気さくに声をかけてくれて(「客」に対する態度ではなかったが)、私の気持ちをよく理解してくれた。私はそんなこと初めてで、すぐにシンのことが好きになってしまった。
 シンから告白されたのは奇跡みたいだったし、こんな私を恋人にしてくれたのだから、私も変わらなきゃと毎日鏡の前で笑う練習をしているのだが、どうしても上手くいかない。デートを重ねるたび、不安になる。シンはいつまで私を見限らないでいてくれるのか。
「わり、待たせた」
 慌てたようにやってくるシンをじっと見つめた。今日のシンもかっこよくてみとれてしまう。私がシンに目を奪われていると、シンは私の手を取って歩き出してしまった。しまった。今日こそは会ってすぐに「こんにちは」とか「待ってない」とか「大丈夫」とか言おうと思ってたのに。また言うタイミングを逃してしまった。最悪だ。
 ずーんと沈みながらシンを横目で眺めた。でもこんなにかっこよくて大好きな人が隣にいるんだからそっちに気が取られちゃうのは仕方ないことだよ。お付き合いって難しい……とぼんやり思う。それと同時に自然に繋がれた手が嬉しくて、手汗かかないといいなあと思った。
「メシ行く?」
 シンの言葉にこくりと頷く。以前お付き合いをしていた人たちは、みんな「何が食べたい?」と聞いてくれたのだけど、私にとってその質問は最も不得意なものだった。結局いつも「なんでもいい」と言って面倒そうな顔をさせてしまうからだ。対してシンはいつも自分が食べたいものを提案してくれるから、とても助かる。そしてそのチョイスは絶妙に私の気分とも一致するのだ。
 そんなふうにいつもスムーズにリードしてくれるシンに、何度も惚れ直してしまう。性格までかっこいいなんて……あ〜もう、好き。ずっと一緒にいたいなあ……
 シンがちらりと私の顔を見てフッと微笑んだ。私はドキンと心臓を飛び跳ねさせながらシンの顔をじっと見つめ返した。ああ、違う。ここで私も微笑み返すべきなのに。私の口角はぴくりとも動かなかった。こんなにシンのことが好きで、シンといられるのが嬉しいのに。好き、って、言いたい。たった二文字、声にするだけなのに。急に喉が貼りついて声が出ない(もともと今日はまだ発声してないが)。好き、好き、好き……ああもう、心の中でいくら言ったって通じるわけないのに!!
「ほら、ついたぞ。ボーッとすんなよ」
 そこで私はハッとショックを受けた。シンにデート中ボーッとしてると思われてる! そりゃそうだ。本当はシンのことをずっと考えているのだけど、そんなのただの言い訳だし、黙ってても伝わるわけないし。せめてあと少しでも表情がわかりやすくなって、口が回るようになれば。シンと会うたび、もう何度もそう思ってるのに、全然改善しない、私はダメなやつだった。
 食事中、シンは出がけのバタバタとか最近餌付けを試みてる野良猫の話とか、私の代わりにたくさん話してくれるけど、私はほとんど頷くだけ。
 こんなデート、シンは楽しいわけない……。なのにシンはいつも笑っている。もう、好きすぎる……
 シンに愛想を尽かされないようにするために、私ができることってなんだろう。センスのいいプレゼントを貢ぐとか……? 体で繋ぎ止めるとか……? 全部不得意分野だ……とまたずーんと気分が沈む。こんなに好きなのになあ。一割でも、伝わらないかなあ。
 ふ、と小さくため息を吐くと、対照的に目の前のシンはニコニコと楽しそうに笑った。



 食事後はアクション映画を観た。普段私はあまりアクションは観ないのだが、今日の映画はとても面白かった。口が回ればこの興奮も共有できるのに、私はシンに「面白かったな」と言われて頷いただけだった。ほんとはあのシーンが好きとか、言えたらいいのに……
「あの、爆破止めるシーンカッコよかったな〜!!」
 今まさにそう思っていたことをシンが言ったものだから、私は驚いて二回頷いた。好みまでぴったりなんて、好きだ……!! しみじみとそう思う。

 シアターから出て、私は小さく「トイレ」と言ってシンと別れた。トイレの鏡でメイクや髪型をチェックして、指で無理やり口角を引き上げる。少しくらい、動いてくれたらいいのに! 鏡に映る私は歪な笑みを浮かべていて、不細工だった。
 トイレから出て待っているはずのシンを探して辺りを見回すと、シンは向かいの壁にもたれて立っていた。すぐに駆け寄ることができなかったのは、シンの前に可愛い女の子が立っていて何やら話しかけていたからだ。表情がくるくると変わって、笑顔が弾けていて、しきりにシンに何事か話しかけている。まるで私の理想通りの女の子。その場に割って入ることなどできなくて、私は壁際に設置してある映画のチラシを見て、離れたところで時間を潰した。
 悲しいとは思わなかった。しょうがない。変わることができない私が悪いんだから、しょうがない。シンは悪くない。悪いのは……
「わり。遅くなったわ」
 私は小さく首を横に振った。シンは全然悪くないよ。私が勝手に離れただけなのに。そう言おうと思ったけど、シンに手を引かれてまた言うタイミングを逃してしまった。こんなに劣等感に塗れた私を、またシンが引っ張ってくれる。好きだと思うたびに胸が痛くなって、唇を噛み締める。
 ふたりで暗くなりはじめた帰り道を歩いている時に、とうとう私はシンに話しかけた。
「シンは……どうして私と付き合ってるの?」
 ……聞き方!! そうじゃなくて、私が言いたいのは、つまり、つまり……
 なのにシンは、にやっと唇をつり上げると、私の顔を覗き込んだ。
「俺たち、結構相性いいと思うぜ?」
 私はまさかシンがそんなことを思っているなんて思わなかったから、びっくりして黙り込んだ。シンは私の何をもってそう判断したんだろう。
「表情や言葉で伝わるもんがすべてじゃねーってこと」
 そう言って私の手をぶらぶら揺らすシンに、胸が温かくなった。やっぱり私、シンのこういうところが好きだ、大好きだ──
 そう思っていると、隣からシンが楽しそうに噴き出すのが聞こえてきて、私は小さく首を傾げた。


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