毒と薬

 ずし、と肩に重さを感じ、私は左側に顔を向けた。この学校で私にそんなことをするのは一人だけだ。リオンちゃんは顔を傾けて私の顔を覗き込んだ。
「なーまた毒作ってよ」
「いいですよ」
 数少ない学友と言えるリオンちゃんは、「つか調合してるとこ見せてくれたら次から自分で作んだけど」と呟いた。
「それは、我が家の秘伝のレシピなので、秘密です」
 人差し指を唇に押し当てると、リオンちゃんはちぇーと分かりやすく唇を尖らせた。
「てかまた告られたんだろ。何人目?」
 リオンちゃんの問に、曖昧に笑う。そんな噂が広がっていたのか。
「いやー、名門暗殺一家のご令嬢で毒殺科首席の見目麗しき才女はモテるねえ」
 どこのアニメキャラだっつの、と言ったリオンちゃんは私の髪の毛を乱雑に混ぜた。
「設定盛りすぎ!」
 同じ毒殺科の中にも、こんなふうに私に接してくれる子はいない。女子からは嫉妬、男子からは肉欲の交じった目で見られていることくらい、分かっている。
 だから、こんなふうに私を一人の人間として、友達として扱ってくれるリオンちゃんのことが、好きだ。
「まーでも気ぃつけろよ〜そろそろ刺されてもおかしくねーぞ」
「ふふ、気をつけます」
 温かい気持ちでリオンちゃんを見つめると、リオンちゃんは目を細めて私の髪の毛を撫でた。



「ね〜ほんとにこんなとこにあんのデータバンク」
「調べてみねーと分かんねーだろ」
 午後の授業を自主休講し、赤尾と南雲は資料室の中を探索していた。その時、南雲の耳が暗い資料室の奥から何か重いものが倒れる音を聞いた。
「調べるったって……ん?」
「どした?」
「なんか今音しなかった?」
「誰かいんのかー?」
 赤尾が資料室の最奥の通路をひょいと覗き込む。そこには男が倒れていた。
「リオンちゃん……」
 その傍にはなまえが立っており、男は目と口を開いて苦悶の表情を浮かべたまま絶命していた。なまえの着衣は乱れ、男の方は下半身を露出している。何が起きたかを悟った赤尾は、なまえの傍に近寄った。
「だーから、気をつけろっつったろー?」
「はい、でも慣れてますから……」
 恥ずかしそうに笑ったなまえは、手早く衣服を整えた。
「殺される前に襲わせる、それが私の生存戦略なんです」
 なまえは眉を下げて微笑みながら両手を顔の前で合わせた。
「死体の処理が面倒なので、このことは秘密にしてくれませんか?南雲くんも」
「私は別にいいけど……」
「僕も〜」
 「ありがとうございます」と頭を下げたなまえは、「お礼に私の秘密をお教えしますね」と笑った。
「リオンちゃん、私の毒の調合方法知りたがってましたよね」
「え、教えてくれんの」
「はい。どうせ再現できませんから」
 悪戯っぽく笑ったなまえは、声を潜めて言った。
「私の毒は、私の体液そのものです」
 なまえは床に倒れている男を指してからちろりと舌を出した。
「粘膜の接触なんて一発でアウトですね」
 小さい頃から毒を摂取させられてましたから、いつの間にかこうなってましたと淡々と告げるなまえに、リオンは首を傾げた。
「でもさ、解毒剤くらい作ってんだろ?」
「え、ええ……それは一応。使ったことはないですが……」
 なぜそんなことを聞かれるのかとなまえも首を傾げ返す。リオンはニッと笑うとなまえの肩に触れた。
「じゃ、お前に触れられんのはお前が解毒剤渡した唯一の相手なんだ。ロマンチックじゃん」
 そう言って笑う赤尾になまえは見とれる。そんなこと、考えたこともなかった。
 その相手は、きっと──



 数日後、廊下で出会ったリオンちゃんに私は小瓶を渡した。
「なんの毒?」
「いえ……解毒剤です」
 目を眇めるリオンちゃんに、「リオンちゃんに持っててほしいんです」と伝える。心臓がドキドキした。
「……へぇ。いいよ。お前にそういう相手ができたら、私が見定めてやるよ」
 そう言ってリオンちゃんは私の頭を乱雑に掻き混ぜた。
「わっ……、……違うのに……」
 少しむくれても、リオンちゃんは余裕そうに笑うだけ。いつかその余裕そうな顔にキスをしてみたい。その時リオンちゃんはどんな反応をするだろう。私はごくりと生唾を飲み込むとリオンちゃんの顔を見つめた。


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