Love like a melody

 ひょんなことから、体質のことが彼女にバレた。それを知ったなまえは、いつものように無表情で、でも少しだけ目を見開いてぽつりと呟いた。
「すごい……」
 その瞬間俺は脱力した。……付き合いだしてからそれなりに悩んでたあれやこれやは全くのムダだったらしい。実際、なまえの言葉はウソではなくて、「すごいすごい」という純粋な感動が伝わってくる。
 とはいっても最近は、なまえの心の声を聞くことはあまりなかった。聞かなくてもなまえは十分分かりやすい。表情はほとんど変わらないが、何を考えているのかは手に取るように分かる。落ち込んでますって暗いオーラを背負っている時は大体いつもの意味不明理論で自己嫌悪してる時だし、美味いもん食ったら目が輝くし、俺が手を繋いだら絶対に握り返してくる。
 エスパー能力を使うのは癖になっているから、聞こうと思ってなくても聞いてしまうことはあるが、この力を積極的に使わなくていいなまえの隣は居心地が良かった。
 なまえがじっと俺を見つめて、心の底からしみじみと噛みしめるように呟く声が聞こえてくる。
(全部伝わったらいいなって思ってた気持ちを、シンはちゃんと受け取ってくれるんだ)
「……ほんと、お前さあ……」
 デカいため息をついてその場にしゃがむと、なまえも同じようにしゃがみこんで心配するように俺の手に触れた。もうちょっと何かあるだろ。怖いとか、気持ち悪いとか。
「……だから言ったろ、俺たち相性いいって」
 そう言うと、なまえはこくりと頷いた。これ以上「好き好き」言ってんのを聞いてたらこっちが赤面しそうだったから俺はチャンネルをずらしてなまえの声をシャットアウトした。



 待ち合わせ場所に着く前から分かった。なんかまた落ち込んでんな。
 背中に黒いオーラを纏ったなまえは、憂鬱そうな表情で俯いている。
 なんだよ。今度は何に落ち込んでんだよ。
「お前いつも早いよな」
 手を挙げて目の前に立つと、なまえがゆっくりと顔を上げた。
「……で、今度は何に落ち込んでんの」
 もうなまえに隠すことはないので直球にそう聞くと、なまえは驚いたように目を丸くした。
「『聞いて』いい?」
 なまえにエスパーのことがバレてからは、心の声を聞く時はちゃんと承諾を得てからにしている。なんとなく、けじめとして。
 なまえはぶんぶんと顔を横に振ると、「自分で言う」と思い詰めたように呟いた。近くのベンチに二人で並んで座ると、なまえがぽつぽつと話し始めた。
「この前……シンがエスパーのこと教えてくれた時」
「ああ」
 なんだよ、やっぱ冷静になったら怖いとか? それで別れたくなったけどどう伝えたらいいか分からないとかか?
「私……『すごい』って、言っちゃって……」
「……ああ?」
 身構えていたのに、なまえの話の軌道が予想していなかった方に進んで俺は拍子抜けした。
「シンはきっと今まで、体質のことでたくさん……嫌なこととか、苦労とかしてきたのに、私、軽々しく『すごい』って言って……」
 どんよりと重苦しい空気を背負ったなまえが眉を顰めた。泣くのを我慢している顔だ。
「……ごめんなさい」
 なんだこいつ。
「……お前さあ、ほんとさあ……」
 全身をベンチに預けてずるずるとケツをずらすと、なまえが焦ったように身を乗り出した。
「わ、私いつも気が利かなくて、こういうところだよね、本当に……いっつも自分のことばっかで……でも……!」
 うるうると潤んだ瞳で見つめられ、こんなんもう反則だろ、とレフェリーに訴えたくなった。
「……嫌いにならないで……」
「あーもー、いい、いい。そういうの」
 赤くなった顔を隠すように手で覆うと、なまえが怯えたように縮こまった。
「俺がなまえのこと嫌いになるとかそういう実現可能性の低いことは考えなくていい」
「……え?」
「あー……やっとなまえの気持ちが少し分かったわ。全部伝わりゃいいのにな。俺が今どれだけ嬉しいか」
「え、え?」
「教えてやりてーから予定変更して今からお前の家行っていい?」
 なまえは訳が分かっていないような顔をしてこくりと頷いた。
「いいの? んな簡単に頷いて。たぶん教えるだけじゃ済まねーけど」
「いいに決まってる。シンにされて嫌なことなんか、一つもない」
 真面目くさった顔でそう言われ、俺は今度こそ白旗を上げた。
「お前のそういうとこが好きだぜ」
 いつももらってばかりの「好き」を返すと、まるで彼女の周りに花が咲いたみてえに空気が和らいだ。ほんとに分かりやすいやつ。
「ほら、早く行くぞ」
 そう言って手を差し出すと、重ねた手が離れないようにぎゅっと握り返された。その力と温もりを感じながら、彼女の家に着くまで、この気持ちをどうやって伝えようかと考えた。


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