共犯関係


「こっちにきたら自由にしていい、て言ったのに」

凪は寝台の側に立って身なりを整える男に、精一杯の憎しみの感情を込めて、嘘吐き、と言い捨てた。自分に向けられた殺意にも似たそれを藍染は鼻で笑ってあしらう。そんな感情をぶつけられても痛くも痒くもないというように、嘘吐きもなにも、と言葉を続けた。

「自由にしていいとは言ったが、私を拒むことは許可していないよ」

思い込んだ君が悪い、そういって藍染は寝台から離れながら、何か飲むかい?と凪に問いかける。凪は「いらない」と間髪入れずに答え、乱れた死覇装の胸元と裾を直した。

「破面も悪くないが、やっぱりどこか物足りなくてね」

下衆な独り言が聞こえてきて、凪は思い切り眉を顰めた。
自分が虚圏についてきたのは、藍染を殺すという当初の目的に基づくものと虚圏には嫌いな死神たちがいないから。圧倒的数という不快感から解放される。そして自由にしていいという言葉を鵜呑みにして、もうこの男に抱かれずに済むし霊子の濃い虚圏で鍛錬を積めばいずれ憎いこの男を斃せるようになる、そう思ったからここまで来たのだ。そう思ってついてきたのに、数よりも質ということか、一番嫌いなこの男がいることで正直尸魂界にいた時と気分の悪さは大して変わらなかった。むしろ濁った感情が凝縮されでもしたのか、虚圏にきてから胸の奥のざわざわがずっと取れない。
実際彼は気まぐれに凪を呼び出して尸魂界にいた頃と変わらず当たり前のように彼女を抱くし、鍛錬場だって彼が「いつか君が私を殺せるように」と用意したものだった。本気で殺されると思っているのなら敵に塩を送るような真似はしない。何もできないと舐められているこの感覚が凪の感情を日に日に不安定にさせる。
自分のしていることは矛盾しているのではないか、彼は嫌なら拒めばいいというが拒んだらすぐ殺されるのではという普段なら頭をよぎりもしなかった畏れも虚圏にきてからひっきりなしに浮かんでくる。
自分は大きな過ちを犯しているのではないか、まさに今その過ちの道を進み続けているのではないか。
…そんなこと、ここにきてしまった今もう考えてもどうしようもない。
凪はかぶりを振って立ち上がり、無言で彼の部屋から出た。

少し乱れた髪を手櫛で直しながら早歩きでそこから離れる。虚夜宮の、彼の監視の目から離れたかった。
監視はつけないといっていたけど、確かに凪自身に監視をつけることはなかったがそもそも虚夜宮自体が彼の監視下だ。それを逃れるには彼自身が作った凪の鍛錬場か虚夜宮の外、虚圏の砂漠に向かうしかなかった。

普段なら自分の宮に戻り身体を清めてすぐに鍛錬場に籠るのだけれど、今日はとにかく虚夜宮から離れたかった。足早に一番近い扉から虚夜宮の外に出る。一歩踏み出せばそこは白い砂漠が広がる世界。風が吹いて砂が巻き上げられ、凪の目に入った。反射的に目を閉じて手の甲で擦る。痛い、と心の中で呟いた。しかしそれは心から漏れ出して声となって確かに自分の耳にも届いた。

「…痛い」
「どこが痛えんだよ」

自分の言葉に重なるようにすぐ隣から声が落ちてきた。瞬間その霊圧を感じ、凪は頭を上げる。虚夜宮の壁に背を預け、砂漠に立っていたのは破面のひとり、グリムジョーだった。
不遜な態度と冷たい目で凪を見下ろしてくるその様子に、凪は痛む目を何度か瞬いて「なんでもない」と言った。目から砂を出そうと涙が出てくる。しかしこれは防衛反応のようなもので、その涙に感情は一切乗ってなかった。

「てめえまた藍染とこ行ったのか」
「グリムジョーには関係ないじゃない」

何かにつけて凪に付き纏ってくる破面だった。基本顔を合わすと喧嘩腰で絡んでくるのだが、凪が鍛錬場に篭ろうとすると無理やり一緒に入ってきて成り行きで本気で修行がてら戦ったこともしばしば。ある意味自分の鍛錬にもなると思い、手加減なく戦える良い練習相手くらいの認識だった。そんなことをして追い払わずにいたら、いつの間にか虚圏で一番顔を合わせて一番一緒にいる機会が多くて、一番話をしているのは彼になっていた。その会話といっても基本売り言葉に買い言葉の応酬なのだけれども。

「殺したい程憎い奴のとこに呼ばれて素直に行くかぁ?普通」
「素直に行ってるわけないじゃない。拒めないの」
「は?無視すりゃいいだけだろうが」

なんだ?拒めない、て。とグリムジョーは馬鹿にしたように凪を見下ろす。凪はもう一度目を擦り死覇装の袖口で涙を拭う。ようやく砂も流れたようだ。拒めない理由をはっきりと反論しようとして口を開いたが、その理由が出てこない。一度口を噤んで、凪は目を逸らしながら言った。その場しのぎの思いつきにすぎないそれはすぐにグリムジョーに正論で論破される。

「部屋に呼ばれて隙があったらその時殺せるじゃない」
「それで実際れたことあんのかよ」

返事はできない。図星だ。何も言えなかった。
それは尸魂界にいた時からいつか隙が出来た時に殺すと思って彼の部屋に通っていたところもある。呼ばれれば拒まず、その身を差し出せばいつか油断するかもしれないと。100年近く、そんな日は今日に至るまでおとずれていないのだけれど。

「お前、何がしたいんだ?」

グリムジョーは凪に問う。凪はグリムジョーの方を向くと彼はじっと凪を見ていた。その目は何かを探るような、綺麗な水色をしていて。きっと自分の目は今とても濁っていると思う。その視線に耐えきれず凪はまた目を伏せた。

「藍染を殺す。私の人生めちゃくちゃにしたあいつを私の手で殺したいの。ただそれだけよ」

ただ殺すまでにはまだまだ自分の力は足りない。凪は溜息を吐いて、自嘲するように口角を上げて薄ら笑った。

「でも今殺しに行っても返り討ちに遭うだけだから、いけると思うまではひたすらあの男が嫌がることをしてやりたいかな」

あいつのお気に入りの破面の女か、下位の十刃あたりを殺してみる?でもそんなことしてもあいつは嫌がらない。崩玉でどんどん新しい破面を生み出して代わりの駒を作り出す。
むしろ自分を生かしてここまで連れてきたのには何か理由があるはず。それを藍染自身も十刃の前で宣言していた。いっそ自分から命を絶つのも彼にとっては計算外で面白いかもしれない。でもそれを実行したところで、私が笑えない。私はあいつがいない世界で生きてみたいのだ。絶対的な力を手に入れて。誰も私に痛いことをしない世界で生きてみたいだけ。

「あんたもさ、藍染のこと嫌いなんでしょ?藍染が嫌がることを考えといてよ」

半ば投げやりな気持ちで凪はグリムジョーにそんな提案を投げかけた。この破面が他の十刃のように藍染に忠誠を誓っていないのはわかっている。じゃあね、と凪はグリムジョーに別れを告げ砂漠の向こうに足を運ぼうとした。その時、何かの力が働いて一歩踏み出した自分の足が砂に沈み込み転びそうになった、が、転ばずそのままそこで踏ん張れたのはグリムジョーが自分の手首を掴んでいたから。そもそも足を砂に取られたのもいきなり手首を掴まれたことが原因だ。

「なに?」
「藍染が嫌がること、してみるか?」

ニヤッとグリムジョーは笑う。凪は意味がわからず首を傾げたが、やああって彼が言わんとしてることに気が付いた。凪は思わず、馬鹿なの?と一蹴しそうになったがふと考える。…確かに、嫌がるかもしれない。否、そういうことに嫌々応じていた自分が破面とすすんで関係をもったと知ったら。
それは藍染にとって予想だにできなかったことかもしれない。
嫌がるかはわからないけど、少しでも虚が突けるなら、それはそれで面白いかもしれない。殺す前にあいつが驚く顔を拝んでやるのもまた一興。
凪はグリムジョーに向き合って、また自嘲めいたそれを浮かべた。

「…あんたとなら、嫌がらせできるかもしれない」

凪の返事にグリムジョーは、決まりだな、と口角を上げて笑った。
自分でも思ってみなかったことが起こり始める。きっとこれが私の悲願に一歩近づく。
凪はグリムジョーに手を引かれるまま、いつか訪れる自分の手で藍染を葬り去る瞬間を思って、笑って、泣いた。


END
(20220124)



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