膝歌で眠る


「ただいま…」

ふらふらした凪が戻ってくるのは丸一日ぶりだった。グリムジョーは水を飲む手を止め、おう、とその声に応じる。
浦原喜助との契約後、グリムジョーはネリエルたちと茶渡と織姫の「修行」に付き合ってやっている。やっている、というよりもそれも契約の一部であり、ある意味義務のような、今となっては当たり前の日常の一部に組み込まれてしまっていた。
凪は凪で、浦原と共に別の場所で鍛錬を積んでいる。「まずは全盛期の凪サンに戻ってもらいます!」と浦原は明るく言って彼女を連れ出した。しかし毎日ふらふらと戻ってくる凪は、まだ全盛期の霊圧を取り戻してはいない。だが彼女は彼女で失われた力を取り戻すために必死なのだろう。出ていく時は真っ白な死覇装が、戻ってくるといつも派手に汚れている。もちろん血の痕も見受けられたが、致命的な傷は負っていなさそうなので、おそらく戻ってくる前に浦原によって治療されているのだろう。
額の汗を腕で拭い、凪を上から下まで見下ろす。見た目ではわからない傷も負っていないようだ。

「グリムジョー、もう終わり?」

何が、とは言わなかったがおそらく修行のことを言っているのだろう。また後で続きやる、と短く答えれば、そう・と凪は呟いた。
凪は何度か瞬きをするが、あーだめだ、と声を上げる。そしてグリムジョーにずいと近づき、彼を見上げた。

「無理、寝る。膝貸して」
「は?」

突拍子のない凪の言葉に、グリムジョーは彼女を見下ろしながら、何言ってんだてめえ、と続けた。凪はグリムジョーの死覇装を握って、「あの人との修行、ごりごりに霊力削られるしあんなやり方はじめてなの」と睡魔をなんとか逃すように何度も瞬きながら言う。若干早口なのは、凪が一刻も早く眠りたいと状況を急かしているからか。

「ほんとは自分の寝台で身体綺麗にしてから真剣に寝たいんだけど、ここじゃそんなものないしあんたの膝で我慢するから貸して」
「てめえそれが人にもの頼む態度かよ」

大変失礼なことを言われた気がしたが、早く!と急かしてくる彼女はそれこそ寝台の中でしか見たことない。ここ最近のどたばたでしばらくそんなことをしていないので、グリムジョーの中で別の欲望が疼いた気がした、が、凪はそれを察知したのか「変なこと考えないでよ」と半眼で先に斬り込んだ。
確かに虚夜宮にある自分達の宮に戻れば快適な寝台もあるしゆっくり休養もとれるのだろうが、いつまたあの滅却師の集団が侵攻してくるかわからない。それに今はこのネガル遺跡で修行中。すべてが終わるまで、宮には帰れないしここでの野宿同然な生活は続くだろう。
破面であるグリムジョー自身は別にそれも苦ではないが、「外で寝るのほんと嫌いなのよ」と前々から公言していた凪にとって、修行と相まってこの状況は決して心地よいものではないだろう。
グリムジョーは頭を掻いて、わーったよ!と壁にもたれて座る。片膝を立て、もう片方の足を伸ばし、自分の腿を叩いた。

「次の修行はじまるまで貸してやるよ。とっとと寝ろ」

凪はぱっと表情を明るくさせ(とても珍しい。いつも斜に構えているのに、よっぽど眠いのか)、素直に「ありがと」と言いながらグリムジョーの腿を枕にして寝転がる。
グリムジョーの腹の方に顔を向けて、「おやすみ」と瞳を閉じた。すぐにすぅすぅという寝息が聞こえてくる。よっぽど疲弊していたのだろう。一体どんな修行してるんだか…とグリムジョーは溜息をついた。
凪を起こさないよう細心の注意を払いながら、彼女の髪についた泥を爪でこそげ落としていく。ぽんぽんと頭を軽く撫でれば、凪の呼吸が深くなった。
グリムジョーは天を仰いで息を吐く。三日月が空の真ん中まで高く上がっていた。


END
(20220130)



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