天国までのまがり道@


一年以上かかったが、虚圏で濃度の高い霊子をゆっくりと吸って、ひたすら眠って安静にして、傷ついた鎖結と魄睡が修復していくのに比例して霊圧も徐々に戻ってきた。瞬歩をしてもすぐに息が上がることはなくなったし、鬼道もそれなりに発動できるようになった。
斬魄刀の声も再び聞こえるようになり、徐々に卍解も戻りつつあったのに。
やはり、虚圏は平穏という名から一番遠い場所なのだろうか。

「なんなのあいつら…」

凪は遺跡の朽ちそうな石柱に寄りかかり、痛…と肌を引きちぎられたような傷跡から手を離した。肉が削がれ、身体中血だらけになっていた。こんなことになるのなら血が目立たない黒の死覇装をずっと着続けていたのに、と凪は赤く染まった、もとは白かった着物の袖を見やる。
白の、破面たちと同じ死覇装を纏うようになったのは大虚くらいなら一人で倒せるまで回復した頃だった。そもそも自分が死神であることは不本意だったし嫌いな存在と同じ色の着物を着続ける意味はもうなかった。虚圏に来た頃はずっと黒の死覇装を纏っていたが、それは大嫌いな藍染と同じ白の死覇装を着ることへの嫌悪感と同胞と思われたくないという意地だったのだろう。あの時は深く考えていなかったけど、藍染がいなくなった今、抵抗なく白のそれを着ている自分にそう思う。

凪は周辺の霊圧を探るが、そこには何の気配も感じられなかった。それに安堵して全身に走る痛みを逃すように大きく息を吐き出した。

ハリベルが突如虚圏に現れた謎の集団に倒され連れ去られた。その後、破面たちも攻撃され、何体もどこかへ連れ去られていると聞く。破面たちを簡単に蹂躙し、それなりの力を持った破面さえも服従させるその力は並大抵のものではない。凪とグリムジョーは虚圏に破面や虚以外の霊圧が出現するたびそこに向かい、様子を伺っていたのだ。
普段は同じ破面だろうと自分の力を高めるための餌としか考えていないグリムジョーでさえ、凄惨なその現場を目撃しては眉を顰めていた。
容赦なく殺された破面たち。
一体虚圏で何が起こっているのか、その時まではわからなかった。
その時が来たのは、ほんの少し前のこと。
虚圏に複数発生した謎の霊圧をグリムジョーがひとり追って出て行ってしばらく経った頃だった。虚圏がこの状態なので常時行動を共にしていたのだが(ずっと前からそうだったと言われればそうだけど)、今回は現れた霊圧の量と強さが過去にないものだったため、グリムジョーは凪をそこに同行させなかったのだ。

「俺より弱え奴は大人しくしてろ」

すぐ戻る、と虚夜宮の地下にあるかつての凪の鍛錬場に凪を置いて出て行ってしまった。
いくら力が戻ってきたとはいえ、全盛期に比べるとまだまだ劣る。それに力をつけたグリムジョーとの差は広がるばかり。彼についていくことで足手まといになるのはわかっていたので、凪は甘んじてそこに残ったのだ。

それなのに、突如凪の目の前に現れたのは、虚でも、破面でも、死神でもなかった。

誰?と斬魄刀を構えながら凪は問う。凪を品定めするように眺めたその不気味な男は、虚圏狩猟部隊の統括隊長と名乗った。そして「何故ここに死神がいるのでしょう」と首を傾げ、突如光の矢を凪に放ったのだ。凪は咄嗟に斬魄刀でそれを受けるが、男は瞬歩でも響転でもない速さで凪の背後に回り再び矢を放つ。

「縛道の三十九、円閘扇!」

反射的に叫び、目の前に円形の盾が現れて攻撃が跳ねる。しかし力負けした盾の一部が破られて、凪の腕と足に矢が掠った。

「本当に死神なのですね。そんな格好をしているから、最初は破面かと思いましたよ」
「死神と破面の霊圧の違いを見抜けないなんて、案外鈍いのね」

斬魄刀を構え直しながら、凪は男を観察する。その霊圧の種類と技…死神でも破面でもない、しかし霊子を吸収するかのようなこの気配。そこから消去法で導き出したものの名を、凪は口の中で小さく呟く。

「なんで滅却師たちがここにいるのよ」



そこからの記憶は正直曖昧だ。卍解が戻っていれば、と何度も舌打ちしながら滅却師の攻撃を避けながら斬魄刀や鬼道で攻撃をする。しかしそれが致命傷に繋がるどころか、逆に自分がじわじわとなぶられて血が流れる。血が目に入って視界が赤くなる。しかしそれは流れた血が目に入ったのではなく、眼球が傷付けられていることに気づいたのは目から酷い痛みが走り始めたからだ。視界がぼやける中、どうやり過ごすかと思案していたところで、男は耳元に指を当てたかと思うと、そろそろ時間です・と何かの名前を呼んでその姿を変える。そして、聖隷・と呟いた途端、凪は何か強い力に引っ張られる感覚を覚えた。それはぶちぶちという音と共に凪の体を毟り奪っていく。肉がちぎられると同時に霊子に形を変えて、男の方に吸い込まれていく。
本能的に、やばい、と凪は斬魄刀を男に投擲し、彼がそれを手で弾いた瞬間踵を返し瞬歩でその場から跳んだ。逃げろ、と本能が叫んでいる。
「破面狩りが終わったらゆっくり殺しに行き〼」という不気味な笑い声が遠くから聞こえた気がした。
あれは、楽しんでいる。弱い獲物をいたぶって、弱っていくのを見て楽しんでいる。
狂ってる。
凪は肺が破れそうになるまで瞬歩を乱用し、気がついたら虚夜宮からは遠く離れた古の遺跡に辿り着いていた。

石柱に背を預けていたが、どんどん身体から力が抜けていく。全身の血が白い石に流れて、周囲はまるで水溜りのようになっていた。傷つけられた右目は開かない。斬魄刀が刺さっていない鞘だけのそれを左目が捉えて、自嘲する。

「まだまだ力も勘も、戻ってないなぁ…」

情けない、と凪は肺に残った酸素を深く吐き出した。その時、遠くから強い霊圧がすごい速さで近づいてきていることに気づく。爆発しそうな、しかし凪を安堵させるその知り尽くした霊圧は、100年近く共に戦ってきた自分の斬魄刀の気配も帯同させていた。
ほんの数秒後にここに到着するであろうグリムジョーに、凪はまずなんと声をかけようかと思案する。手短に言わないと自分の意識がもたないな。
ぽたっと凪が座る石の床から、砂漠に彼女の血が伝って落ちる音がした。
グリムジョーが彼女の元に到着するまで、あと少し。

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(20220127)



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