天国までのまがり道B


いた、あいつだ。
禍々しい霊圧を放つ歪な姿の生物に、グリムジョーは歯噛みする。周りに破面でも滅却師でもない別の霊圧も感じだが、それは今はどうでもよかった。
空を蹴り上げ、響転の速度を上げる。頭にふと先程置いてきた凪の顔が浮かんだ。真っ白な頬は血で濡れていた。あそこまで血だらけになった凪を見るのは久しぶりだった。おかえり・と苦しそうに自分に笑いかけた彼女を思い出し、グリムジョーは自身の殺意がまた膨れ上がるのを感じた。目標を視覚で捕捉。こちらには気づいていない。その背に向かって、グリムジョーは斬魄刀を抜刀する。…帰刃するまでもねえ。一歩また空高く跳び上がり、力を込めて斬魄刀を握り込む。こちらを見上げもしないその敵に向かって、グリムジョーは斬魄刀を頭上から振り下ろした。



ドォン!という轟音がした瞬間、キルゲの身体が真っ二つに裂けた。織姫は先程まで自分達が太刀打ちできなかった滅却師を、現れるやいなや一刀両断した男を凝視する。ゴホッと血を吐いて倒れたキルゲの頭を、その男は容赦なく踏み潰した。

「人の女血だらけにしやがって。とっとと死ね」

忘れもしない、その低い声。その頬の仮面と不遜な態度。瞬間的に彼は跳ぶ。動きが速すぎて、目では追えない。織姫が気づいた時には、彼はかつて自分が治した左腕で握った斬魄刀を浦原の首元に突きつけていた。
緊張感がその場に走る。彼は浦原を睨め付けながら、何かを考えているようだった。

「…グリムジョー?」

その空気を破ったのは、子どもの声だった。織姫の腕の中にいたネルが呟く。ネルは恐る恐る、「凪は?」と彼に聞いた。
凪。その名は織姫にも覚えがあった。虚圏に拉致された自分に食事を与え、藍染と共に虚圏に渡ったのに、藍染を殺すと言っていた死神の女性だ。大戦の直後大怪我をした彼女を治したのも自分だ。その後彼女がどうなったか知らなかったが、今のネルの発言からすると彼女はまだ虚圏にいるということだろうか。混乱する頭を整理しようとするが、急な場面の転換と情報量の多さに状況が一切読めない。
ネルの声を聞きグリムジョーがネルに視線を送る。そして織姫を視界にとらえた瞬間、彼の切長の目が見開かれた。

「おい女!」

ネルの問いには応えず、グリムジョーは間髪入れず織姫に向かって叫んだ。織姫はびくりと肩を震わせる。次に彼から発せられた言葉は、自分の予想に反するものだった。

「一緒に来い!凪を治せ!」
「…ええ?!」


・・・


「凪は、グリムジョーといつも一緒にいるっス」

双天帰盾で凪の傷を癒す織姫に、ネルは凪を覗き込むようにしながら呟いた。そうなの?と織姫が聞き返すと、グリムジョーが凪から離れてるところ見たことねえっス、と膝を抱えたネルは寂しそうに言う。だから凪がこんなに怪我するなんて…と誰に言うわけでもなく、彼女は独りごちた。

「俺に対する当てつけかよ。黙ってろ」

ふつと上がった霊圧と頭上から振ってきたその声に、ネルは、ひぃ!と織姫に身体を寄せた。それを見たグリムジョーは、女の邪魔するんじゃねぇ!とネルを掴んで織姫から引き剥がそうとする。
凪が治るまでそばにいるー!!と叫びながら織姫にしがみつくネルに、グリムジョーは舌打ちをしながらその手を離した。解放されたネルは邪魔にならないようにそっと織姫に寄り添って大人しく座り直す。

先程から感じるこの感覚はなんだろう?
織姫は聞いていいものかどうか悩みながら、ちらりと背後にいるグリムジョーに視線を投げた。こちらを、というより、凪を凝視していたのか、すぐにグリムジョーと目が合う。なんだよ、とグリムジョーは織姫を睨んだ。

「いや、あの、その…凪、さんはまだこっちにいたんだなぁ、て…」
「破面とつるむ死神が帰る場所なんてないだろ」

つるむ、という言葉を織姫は口の中で唱えた。つるむと彼は言うが、以前虚圏で一緒にいたふたりはつるむという一言で片付けていい雰囲気にも見えなかったし、今だってわざわざ凪の元に自分を連れてきて治療させているのだから、何かしらの関係はあるのだろう。しかし、虚圏で暮らす死神…何の理由もなく死神がずっとここに居続けるだろうか。

「聞いてもいい?」
「なんだよ」

凪を治してもらってる手前なのか、グリムジョーは織姫に対する態度を軟化させている。ちらっとグリムジョーを伺いながら、織姫は思い切って疑問を声に出した。

「グリムジョーと凪さんって、恋人同士なの?」

その発言は、恐怖よりも好奇心が勝ったのかもしれない。突拍子もない問いに、はあ?とグリムジョーは声を上げる。その迫力に、織姫は自分は何を聞いてるんだろう、と正気に戻り、やっぱいいです!!!と視線を凪に戻して双天帰盾に集中した。
凪の潰れた眼球がずずっと音を立てて元の大きさに戻っていくのがわかる。眼球の形が戻って丸みのなかった瞼の形がふっくらとしたものに戻っていく。
織姫の能力では霊圧や霊力をすぐに元に戻すことは難しい。時間がかかってしまうので応急処置として致命傷になっていた傷を優先して治していく。
血の気がひいていた凪の顔色が幾分かマシになり、呻くようなそれが、スゥ、と小さな呼吸音に変わった。

「凪!」

ネルが声を上げる。でけぇ声出すな、とグリムジョーが恐ろしいほど小さな声で唸った。
それはまるで、凪の呼吸や少しの動き、変化も見逃さないように観察しているかのようで。

(恋人じゃなくて、好きな人ってことかなぁ)

織姫は先ほどの自分の問いを逡巡する。答えは得られてないけど、グリムジョーが彼女に対して好意を持っていることは明らかだ。だって、織姫の背中越しに凪に向けられたグリムジョーの視線は、強いようで、とても憂いを感じるものだったから。心配なんだなぁと心の中で織姫は呟く。とにかく集中!と気合を入れ直したその時だった。

「凪は俺のつがいだ」

不意に頭上から落とされたその声に、織姫は思わず振り返った。目を細め眉間に皺を寄せたまま、グリムジョーは凪を見ている。
つがい。その聞き慣れない単語に当てはまる漢字を脳内で探し、織姫は、え?!と声を上げた。番?!

「うるせぇな!凪が起きるだろうが!」
「え、いや、あの、グリムジョーの声が一番大きい…」

尻すぼみに声が小さくなりながら織姫は思わず突っ込みを入れる。自覚があったのか、虚をついたような表情をしたグリムジョーは罰が悪そうに舌打ちをして凪の頭上に移動してしゃがみ込む。治ったばかりの彼女の右目に指をそわせ、そこに目が戻ったことをそっと確かめているようだ。

「こいつは俺のだ。だから早く治してやってくれ」

グリムジョーは小さく呟いた。視線はずっと凪に向いたままだけれども、その言葉は織姫自身に投げられたものだとすぐにわかった。

「…はい」

織姫は手のひらに意識を集中する。前に会った時、彼女とはちゃんと話すことができなかった。目覚めてくれたらお話ししてみたい。それは好奇心なのかなんなのか。
織姫はそっとグリムジョーを窺う。グリムジョーはじっと凪を見つめていた。


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(20220128)



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