飛び越せない衝動


虚夜宮に崩玉を持った藍染がやってきた。それは藍染による虚圏統治が本格的にはじまる、その幕開けを意味していた。
崩玉で成体となる破面が次々と増える中、グリムジョーは玉座に座るその死神の王を黙って眺めていた。藍染の傍には市丸と東仙という死神が控えている。この二人は藍染が何度も虚圏に同行させていたので、破面たちも当たり前のように彼らも受け入れていた。受け入れたというより、藍染には劣るもののその隠しきれない霊圧と護廷十三隊で隊長を務めていた実力を考えると、その力は十刃以下の破面では太刀打ちできないだろう。十刃ならそれなりに対応できるやもしれないが、彼らの背後に控えている藍染はそうはいかない。それがわかっているからグリムジョー含め他の破面も甘んじて藍染たちの命には従うのだ(例えそれが表面上だけだとしても)。
しかしその統治がはじまった日、イレギュラーがそこにはあった。他の三人が黒の死覇装から虚圏の装いにあらためているにも関わらず、未だ虚圏を、虚夜宮を漆黒の死覇装姿で歩くその姿。
さらに三人とは異なり、何か役職についているわけでも破面を統括したり命を下したりするわけでもない。虚夜宮の与えられた自身の宮で過ごすか霊圧ごと消えているか、とにかく謎の女までもが突然藍染たちと虚圏に現れたのだ。

彼女の名は、凪と言った。
藍染は、凪を虚圏に連れてきたのは自分であり、こちらでは自由に過ごしてもらう。ただ、彼女可愛さに自由にさせているわけではない、いずれその理由がわかる。そうふくみを持たせた口調で凪を十刃に示した。
その間凪は無言のままで、一瞬視線を藍染に向け睨んだような気もしたがすぐにそれは外された。色の抜けた黒い長髪に対しその目の色は茶色。澄んでいたら綺麗なのだろうが、今それはひどく濁って見えた。玉座から藍染が十刃たちの方に凪の背を押す。凪は一歩前へ歩み出たが、下に整列する十刃たちをゆるりと見渡すだけで何も言わない。酷く冷え切った目をしていた。
偶然か必然か、グリムジョーはその茶色の瞳が自分のそれを捉えてみえた。否、自分の水色の瞳が彼女のそれを捉えたのかもしれない。
すっと凪の方からその視線は外され、凪は用は済んだとばかりに踵を返し部屋を出ていく。その何を考えているかわからない、さらには自分を見下すようなその様子にグリムジョーはただ胸がざわつき、チッと舌打ちをひとつ零して彼もまた踵を返したのだった。

・・・

「お前、藍染の何なんだよ」

凪は唐突にかけられた声に足を止めて振り向いた。

虚夜宮の地下深く。まるでそれは瀞霊廷の真央地下大監獄無間を模して作られたような空間であった。誰の霊圧も通さず無限に広がるそこ。はじめて虚夜宮を訪れた際、藍染が「監視はここについていないし、霊圧が漏れることもない。好きなだけ私を殺す準備をすればいい」と凪にその空間へ続く鍵を渡した。とても癪だし煽られた言葉にどんな嫌味をのせて返そうかと思ったが、消耗するだけなので黙って鍵を受け取った。そしてその空間で惜しむことなく力を磨く。霊圧が漏れる気配もしないし、監視も本当についていないようだ。
凪は一通りの鍛錬と斬魄刀との対話を終えその場所を後にする。後でシャワーでも浴びたいと考えていたその時、ざわっとした好戦的な霊圧を感じると同時にその挑発的な声が背後から降ってきたのだった。

両手をポケットに入れたまま仁王立ちし、こちらを睨め付けている青い髪をした長身の男。
十刃のひとりだ。いつか藍染が十刃に自分を示した時に目が合った、あの男。
凪は自分に向けられた敵意を感じ、すっと目を細めた。

「質問の意味がわからないんだけど?」

藍染の何なのかと問われても自分には答えようがない。藍染のなにものでもないからだ。強いていうなら利用し合う関係。100年以上その関係は続いていたけれど、決して好きで続けたものでもないし、彼に対する感情が憎悪と殺意から変化したことは一度もなかった。だから正直に、意味がわからないと返したのだ。
しかしその男は思い切り舌打ちをし、ふざけるな・と凄んでみせた。

「てめぇの存在自体が気にくわねぇんだよ。何考えてんのかわかんねえ。どうせ藍染の玩具だろうが。すかした顔しやがって」

虫の居所が悪かったのか、それとも初対面の時点で自分に向けられたその濁った目が気に食わなかったのか。グリムジョーは凪を前にするとどうしても何か衝動が自身に渦巻くのを感じずにはいられなかった。それが何を由縁とするものか分からず、ただただ腹立たしい。いっそ彼女をこの爪で八つ裂きにすればこの衝動がおさまるのかとも考えた。いつも突然霊圧が消えて突然現れる。その予想できない動きを読み切れず、苛立ちが増していた頃。虚夜宮のある一角で凪が悠々と歩いているところに行きあったのだ。本能から彼女を呼び止め、口から出るままに暴言を浴びせた。乱れのない凪のような霊圧を持つ女だと思っていた。当初は霊圧も口調も乱れることなく自分に対峙していた女。しかし、揺れることなく淡々としていたそれが突如として爆発する。空間が破裂したように震えた。

「私が玩具?あんた殺されたいの?」

これまでに感じたことのない霊圧だった。冷たく、しかし苛烈なまでのそれは空間の重力を一気に高め、グリムジョーは、は?と眉を顰めた。間違いなく凪から発せられているその霊圧は、簡単に太刀打ちできないことを示す力を示していた。凪は腰の斬魄刀に手をかける。

「っ!」

咄嗟にグリムジョーも自身の斬魄刀に手を伸ばした、その時だった。

「こんなところで一触即発とは、感心しないね」

静かな、しかし面白がったものを含んだ声音がそこに響く。
いつの間にか凪の隣に立っていた藍染惣右介は、彼女の斬魄刀の柄を手で抑え凪とグリムジョーに交互に視線をやった。
ぞくっとした悪寒がグリムジョーの背筋を這う。相変わらず読めない男だ。いつこの場に来たのかもわからなかったし、凪も凪でその表情は驚愕で彩られている。

凪のものよりも重厚にのしかかる藍染の重圧になんとか耐えながら、グリムジョーは凪を見た。彼女もまた驚愕から苦虫を噛み潰したような表情を変え、斬魄刀から手を離し視線を床へと落としている。藍染は良い子だ・と凪の肩を抱き、踵を返させた。

「グリムジョー。彼女は気分が悪いようだ。話しはまたの機会にしてくれるかな?」

有無を言わさず藍染はグリムジョーに立ち去れと圧をかける。無言のままのグリムジョーを見やって、藍染は笑う。

「さぁ凪、行こう」

踵を返した藍染とその藍染に黙って肩を抱かれた凪は、ふたり虚夜宮の奥へと消えていく。藍染から発せられていた霊圧は止み、代わりに自分に向けられていた以上にざらついた霊圧を凪は隠すことなく黙って藍染にぶつけていた。
凪から感じる藍染に向けたその感情は、グリムジョーの内に秘めた破壊衝動ほんのうに似ていた。グリムジョーはそれに気づき目を瞠る。自分が感じていた凪に対する苛立ちや衝動は同族嫌悪のようなものだったのか?しかし、何故凪は同じ死神の藍染に対してそのような感情を持つのか。しかし、藍染の玩具と罵った瞬間に彼女の逆鱗に触れた事実はある意味グリムジョーの直感を裏付けするものだった。

「何だあの女…」

死神のくせに、同じ死神の藍染を破壊したい衝動に駆られている女。気に食わないと思って疑っていなかったその感情が、自分の中で何故か好奇心めいたものに変わっていくのをグリムジョーはまだ認められなかった。


END
(20220118)



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