孤独片手に囀る
「新しい
グリムジョーの宮のソファで足を組み、我がもの顔で寛いでいた凪は、不貞腐れたような顔をして戻ってきた彼に声を掛ける。凪を睨みながら、分かってて言ってんだろ、と至極不機嫌そうにグリムジョーは吐き捨てた。
現世に侵攻し、長年共に過ごしていた従属官全員を失っただけではない、命令違反の咎で左腕を斬り落とされたグリムジョーは十刃として君臨するだけの力も失っていた。片腕を失った代償は大きい。遅かれ早かれその地位は脅かされると思っていたが、存外早かったなというのが凪の率直な感想だ。
「新しい
あえて苦手という単語を使ってみたが、正直凪にとっての苦手は、虫唾が走る、目障り、殺したい、と同義だ。別にグリムジョーが十刃落ちしたからという理由ではないが、今回の件はどうせ裏で藍染の息がかかっている。自分達の嫌がらせに対する仕返しにも似た制裁なのだろう。グリムジョー自身は関係ないと思っているようだが、従属官がいなくなってからの彼の様子を見ていると少しだけ自責の念も湧かなくもない(現世に侵攻したのはグリムジョーの独断だから従属官が消されたことに藍染は直接関係してないけども)。
「え、痛そう」
グリムジョーが凪の前を横切ったとき、彼の腰あたり…6の数字が刻印されていたそこは皮膚を肉ごと削られていた。滲んだ血が痛々しい。十刃の身体に刻まれた数字、それを物理的に消されたということは、完全に十刃の地位を剥奪されたことを意味している。
ふと凪の頭によぎったのは、十刃のNo.を剥奪された破面の行き末だった。
「この宮も没収?」
「新しい
ぶっきらぼうにグリムジョーは答え、舌打ちをしたかと思えば振り向き様に残った右腕の掌から虚閃を繰り出す。少し高いところにある窓めがけて放たれた光線はガラスだけでなく宮の壁も崩してけたたましい轟音とガラスが割れる耳障りな音が響いた。
凪はその衝撃に半眼になりながらもソファから跳び上がってそこから距離を取る。凪が座っていたソファはグリムジョーが虚閃を放った窓の真下にあった。直接狙われたわけではないが、気分が良いものではない。危ないな、と裾についた土埃を軽く払いながら凪はグリムジョーを睨む。
「八つ当たりしないでよね」
「うるせえ。一緒に壊されたくなかったら避けとけ」
決して広くない宮の中で何発も立て続けに虚閃を放ちながらグリムジョーは言う。新しい
「ねえ、あんたこれからどこ住むの?"3ケタ"の巣?」
「誰が"3ケタ"だ、殺すぞ」
「事実でしょうが。十刃落ちしたんだから」
腕を組み溜息混じりに言えば、グリムジョーは虚閃を撃つのをやめて一瞬で凪との距離を詰める。そして躊躇なくその胸ぐらを掴み上げた。凪の身体が浮いて、グリムジョーを見下ろす体勢となった。犬歯を鳴らして威嚇するようにグリムジョーは凪を睨み上げ、これ以上口開いたらまじで殺すぞ、と低く唸る。凪は冷たくそんな彼を見下ろしながら、ぽんぽんと軽くグリムジョーの手の甲を叩く。わかった、と暗にその動作で示して降ろせと目で促す。
珍しく素直に凪を半ば落とすように手を離したグリムジョーは、苦虫を噛み潰したような顔のまま凪に背を向ける。
力こそすべてのグリムジョーにとって、その力を示す十刃の称号を剥奪されることは屈辱以外の何ものでもない。しかし左腕を失った今、自分の力が失われたこともいやと言うほど彼自身が実感しているのだろう。
従属官を失い、左腕を失い、力を失い、強さを示す地位まで失った。自暴自棄になっていると思いきや、今の彼は現世で戦った死神代行となったかつての旅禍との再戦を臨んでいる。貪欲に強さを求め、戦いに身を投じるその姿はある意味自分と似たものも感じざるを得ない。
「巣にいくのが嫌なら、私の宮に来れば?」
襟元を整えながらその背にずっと思っていたことを投げかけてみる。ぴたりとグリムジョーの動きが止まった。ああ、口開いたから殺されるかな、と何となく先程脅された言葉を思い出すが、グリムジョーは黙って顔だけ凪の方に向けた。今すぐ殺す気はないらしい。凪は別に深い意味はないけど、と前置きをして続ける。
「私の宮から巣って遠いのよね。まだ藍染への嫌がらせに付き合ってくれるなら、近くにいた方が都合良いかな、て」
鍛錬にも付き合ってもらいたいし、と付け加えれば、怪訝そうな顔をしたグリムジョーが表情をそのままに凪をじっと見ている。眉間に皺を寄せ、何か考えている様子だ。あんた次第だけどね、と凪は言い置いて踵を返してグリムジョーのものだった宮を後にする。カツカツと靴の音が石の廊下に響く。その足音が二人分あるのに気づいたのはそのすぐ後だった。
音と気配を感じて振り向けば、眉間に皺を寄せたまま、面白くなさそうな顔をしたグリムジョーが自分の後ろにいた。片方の手をポケットに突っ込み、終始無言のまま自分と同じ速度で一定の距離を保ちながら着いてきている。
嫌がらせにまだ付き合ってくれるらしい。
凪は足を止めないまま自分の宮へと向かう。何か調達するものはあるか、寝台はひとつでいいか、と思案しながら(どうせ眠る時は背を向け合うから)。
END
(20220407)
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